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東郷平八郎はベンチャー精神で大勝利!

更新日:2005年06月30日

100年前の1905年、日本の連合艦隊は超大国ロシア最強のバルチック艦隊を完膚なきまでに撃滅し、その南下政策を断念させ国家存亡の危機を救った。大胆にして細心なその戦略は企業経営への示唆も多い。


 
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世界軍事史上もっとも大胆にして細心の作戦

1904年に始まった日露戦争は、100年前の1905年5月27日・28日、東郷平八郎司令長官率いる連合艦隊が、日本海海戦においてロシアのバルチック艦隊を撃滅。日露講話条約(ポーツマス条約)の道をこじあけ、三国干渉に象徴されるロシアの南下政策という国家存亡の危機を救った。

1905年5月27日未明、西対馬海峡を哨戒中の信濃丸がバルチック艦隊を発見。「敵艦見ユトノ警報ニ接シ連合艦隊ハ直チニ出動コレヲ撃滅セントス。本日天気晴朗ナレドモ波タカシ」の美文で始まる日本海海戦が始まった。「皇国の興廃此の一戦にあり、各員一層奮励努力せよ」の信号旗、Z旗を掲揚し志気を高揚した東郷司令長官は、世界を震撼させた敵前大回頭(東郷ターン)によって世に有名な「T字戦法」を成功させ、バルチック艦隊を撃滅した。

すべてにおいて量と規模に劣る日本は、従前の常識にとらわれない自由な発想と緻密な情報収集、地道な鍛錬、そして大胆な戦略を駆使し勝利をつかみとったのである。中小企業経営者の方々やベンチャー精神をもって起業をめざす人に通ずるところは大であろう。

決戦半時、されど十年の計

日露戦争開戦前の戦艦数は、ロシア18隻、日本6隻。しかも日本はまだ戦艦は国産できなかった。日本海海戦でも日本の戦艦4隻に対し、バルチック艦隊は倍の8隻もの戦艦を有していた。戦艦の砲の数が勝敗を決するのが常識だった当時の海戦において、日本海軍はいかなる創意工夫によって大勝利を勝ち得たのだろうか。代表的な要素をあげ、現代の企業経営を念頭に分類してみたい。

――新しい発想と合理的思考
東郷ターン、T字戦法では(世に解説も多いので詳述はさける)、「理想的だが、実現不可能」という固定観念をうち破った。そして実現のために必要な要素、「艦隊高速化」「ロシア海軍の過去の砲撃データ」「艦隊航行や砲撃術の錬磨」などを行ない、緻密にな計算のもと合理的に成功率を高めていった。

――情報力の強化
1895年に実用化試験に成功した無線電信にいち早く着目。1901年には兵器として制式採用することを決定。改良を重ね「三六式無線電信機」を完成させていた。これを主要基地や艦船に配備し、日本・韓国間には海底ケーブルを敷設。強力な通信網を整備していた。信濃丸がバルチック艦隊発見時に三六式無線機で行なった電信が海戦史上初の無線電信である。

――他に先んじる技術力
2倍の爆発力を持つ下瀬火薬。日露戦争で日本が世界で初めて実用化した炸薬。この火薬の主成分はピクリン酸で、当時の主流であった綿火薬の2倍の爆発力をもっていた。その反面あまりに反応が敏感で実用化されていなかった。海軍技師の下瀬博士はウルシを使うことで酸化を防ぐ工夫をし実用化に成功した。

――完全勝利のための漏れなき施策
遠距離から発射し、当たれば運がよいという程度の戦力だった魚雷を「高速近距離射法」という戦術を編み出し、猛訓練。大勢が決し戦線を離脱した艦船を逃すことなく、水雷艇をもって魚雷攻撃を仕掛け大きな成果を上げた。沿岸の防御をするのが常識だった水雷艇を新しい思想をもって大活躍させた。

戦後、東郷はこの戦いの勝利を振り返った文章のなかで、「勝って兜の緒を締めよ」という言葉を残している。その後の敗戦を視差しているようでもあり、我々企業人も日々肝に銘じたいところである。

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