生まれ変わる
さかもと未明の言わずにはいられない
更新日:2012年05月02日
※月刊WizBizバックナンバー(2012年4月号)よりお届けいたします。
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人事の力 |
2012年4月4日 |
コンプライアンスの重要性 |
2012年3月7日 |
世界に通じる日本の可能性 |
2012年2月8日 |
いざという時にどう備えるか |
2012年1月11日 |
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好意を受ける難しさ |
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裸の心で得る縁 |
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「らしさ」を超えて |
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順境の時にできること |
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フォーシーズンズホテル椿山荘東京が、今年末でフォーシーズンズホテルズとの提携を解消し、2013年1月1日、「ホテル椿山荘 東京」として生まれ変わる。そして、独自に「世界一のホテル」を目指すと言う。私はその志に大いに共感し、同ホテルを手がける藤田観光・末澤和政社長に話を聞いた。末澤氏が、あえて世界的ホテルチェーンのブランドを外す理由は、一体どこにあるのか?
「フォーシーズンズは実にすばらしいホテル。われわれは、創業者のイサドラ・シャープ氏の哲学に心から共感し、20年間道をともにしてきました。しかし、最初は20ほどのチェーンだったフォーシーズンズが、いまや90を超える大チェーンとなりました。母体の拡大とともに自分たちで定めたサービス内容を、結果としてお客さまに押し付けてしまうことが増えてきたように感じました」(末澤氏)。同ホテルが提供したいサービスやポリシーにずれが出てきてしまったと言うのだ。
「決意のきっかけは3・11」と末澤氏は言う。あの日、本部との通信もすべて途絶え、現場の判断でしか行動できない中、社員は自らを顧みずお客さまの保全に動いた。帰宅困難者を受け入れ、ロビーにテレビやホワイトボードを置いて逐次情報を流した。「私は彼らの行動力、ハートを誇らしく思ったのです」(末澤氏)。この時、「ブランドのスタンダードに頼ったサービスでなく、自分たちがお客さまのニーズだと感じたことを自由に実行できるホテルにしたい。それには、独自の経営しかない」。末澤氏はこう決意したと言う。
私は、末澤氏の決断の速さと強靭な意志に舌を巻いた。ほんの僅かでも、本質的な違いを見逃さず、舵を切る。こういうボスがいてこそ、船が目的地へと進むのだ。しかし、大きな看板を外すことへの躊躇はなかったのだろうか。
末澤氏は「ありません」と言い切る。なぜなら、3・11の時の部下たちの姿を見て、彼らが世界一のホテルマンだと確信したからだ。有事の時にできたことを、自信をもってやり続けるだけでいい。「海外ブランドの力を借りなくとも、すでに彼らは世界一だと自覚してほしかった」(末澤氏)。そのことを自認し、あらゆるお客さまのニーズに合わせたサービス、すなわち“Yesから始まるサービス”を実行すれば、これだけの庭、建物など、日本の文化遺産を持つ同ホテルが「勝てないはずがないと思った」と言う。
末澤氏は、日本人スタッフの「潜在的価値」を信じたのだ。しかし私たち日本人は、ともすれば、謙遜という言葉に縛られ自己を正当に評価しないこともある。
「彼らの心の壁を取り払うのが、一番の問題です。若い人は、とにかく失敗や摩擦を恐れないでほしい。部下の間違いは、すべてこの末澤が責任をとります。若いスタッフが上を使い倒し、生き生き働いて、世界最高のサービスを提供するホテルをつくりたいんです」(末澤氏)。
事実、椿山荘のスタッフは誰もが個性的で、パワフルだ。一人ひとりが、互いをよく見知り合える規模で働けてこそ、「世界最高レベルのサービス」は可能だろう。
拡大、成長、国際化が質を向上させた時代は終わった。日本の中小企業が人工衛星「はやぶさ」の技術を支えたように、日本人の勤勉、小さな組織ゆえの確かな質が、これからの時代を生き抜く武器だ。
国際競争力の弱体化を嘆くのはもうやめよう。この円高で貿易黒字を追求することは無意味だ。それより日本の潜在的価値にお金を払う。日本のホテルに行き、日本のものを食べ、購入し、サービスを受ける。こうした内需拡大が雇用を生み出していく。私たち自身がすでに「価値」だという自覚から、日本の復興と再生が始まるのだ。
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さかもと未明 |
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