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江戸初期の建築ラッシュは「公共事業」のはじまりだった!?
歴史のひとコマから、生き方、経営、ビジネスを学ぶ

更新日:2008年08月07日

最近読んだミステリー本のなかで、「日本の官僚組織は明治から、経済システムは江戸時代から変わっていない」と主人公がつぶやくシーンに出会った。なぜミステリー本でかような話が……というのはさておくとして、果たしてそれは本当なのか。


 
江戸城の築造工事は、天下普請。すなわち公共事業の一環として行われた
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江戸の町で起きた建設ラッシュ

たしかに日本の刑法のなかには、明治期の太政官令がそのまま残されているものがあるといった話はよく聞く。敗戦後の混乱の最中、内務省を失っただけで結局官僚組織は残ったとも聞いた。では経済システムはどうなのか。

吉川英治の名作「宮本武蔵」では、主人公のひとり、又八の生活を通し、関ヶ原直後、江戸の町が建設されていく様子が記されている。また池波正太郎の「真田太平記」のなかにも、江戸初期の同様の風景が描かれている。それは江戸の町の建設ラッシュに乗じて、浪人ははじめさまざまな階層の人間が江戸に集まり、事が起きていくというものであった。

それまで三河・駿河を領地としていた徳川家康が、秀吉の命で関東に移り、江戸に居を構えた。家康は関が原の戦いで天下をとると、各地の大名に命じて、江戸城の築造工事、江戸市街地や水路網建設にあたらせた。さらには江戸城を中心に、大名や旗本が大名屋敷、武家屋敷を作った。

「天下普請」は公共事業と同じ意味

これらの大がかりな建設工事が資材や労働力への巨大な需要を生みだし、人々は職を求めて江戸の町に群れ、その生活を支えるための食品、日用品、娯楽などの消費需要が生みだされていく。先に触れた「宮本武蔵」「真田太平記」に描かれたのは、まさにダイナミックに成長していく江戸の町を描いたシーンだったのである。

このように天下人が諸大名に命じて土木・建設工事をさせることは「天下普請」と呼ばれていたが、これらは大名たちに巨額の財政支出を強いた。それは幕府から見れば、敵対する可能性のある諸大名の経済力をあらかじめ削いでおくという防衛的な目的があったが、同時に、軍備にあてられるかもしれない経済力を、平和な「公共工事」に向けるという意味もあった。

「天下普請」は、公共工事。なるほど、いまの経済のありようと、ずいぶんと似ているではないか。

参勤交代が生んだ消費構造

その一方で、大名には参勤交代という制度があった。大名たちは1年ごとに江戸と国元で交代に過ごすというものだが、これも軍役と同様に、禄高と格式に応じた供揃いを義務づけられており、飲料水と薪以外の武器・弾薬・食糧はすべて持ち歩かねばならなかった。

この参勤交代、1年間の江戸在府に必要な経費は、大名の実収入の5、6割を占め、大きな負担となった。大名たちは国もとの米を売り払って、貨幣を得て、それで江戸屋敷の生活費や諸経費を支払った。それでもお金が足りなくなって、宿場で足を止めなくてはならない大名もあったという。

ただ大名に随行してくる家臣団も、江戸での消費需要を盛り上げ、町人層を潤わせた。また江戸在府中の各大名の交際費は馬鹿にならないほどの出費となり、吉原や高級料亭での幕府役人への接待や、書画・骨董などの贈答もさかんに行なわれていたという。こうした接待・贈答需要が、料理・服飾・工芸などの産業を発展させた。

昨今、宮崎県の知事が人気を博し、観光客の増大とともに、県内の産業の活性がいわれているが、これなどは江戸時代の参勤交代の様子と似てはいないか。

その他、両替や為替など実態経済として現在と同じようなシステムが運用されていたことは確認されている。つまり、件のミステリー本で言われていた「江戸時代から経済システムは変わっていない」という論は、あながちウソではないのである。