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社長に聞く! in WizBiz(経営者インタビュー)
第35回 寺澤 康介氏(ProFuture株式会社 代表取締役社長)【前編】

更新日:2018年05月16日

6万人以上の会員を持つ日本最大級の人事ポータルサイト「HRプロ」、約1万5千人が参加する日本最大級の人事フォーラム「HRサミット」を運営する、ProFuture株式会社 代表取締役社長寺澤社長にお越しいただきました。好きなことに「仕事」と挙げるくらい、経営者としての仕事に邁進されている寺澤社長は、「いかに仕事を楽しくできるか」が重要だと言います。これから起業を志す方・経営者の皆様へのお言葉も、多くの修羅場をくぐり抜けてきたという寺澤社長様ならではの力強さです。ぜひお聞きください!
 

第35回 寺澤 康介氏(ProFuture株式会社 代表取締役社長)【前編】新谷:本日の「社長に聞く!in WizBiz」は、「HRプロ」で有名なProFuture株式会社の寺澤社長様でいらっしゃいます。まずは、ご経歴をご紹介いたします。1986年慶応大学卒業後、就職情報会社役員等を経て、2007年に採用プロドットコム株式会社、後のHRプロさん、そして15年にProFutureさんに社名変更されていらっしゃいますが、そちらを設立され、代表取締役に就任されていらっしゃいます。人事ポータルサイト「HRプロ」、経営者向けサイトは「経営プロ」、日本最大級の人事イベント「HRサミット」「HRテクノロジーサミット」等を運営されていらっしゃる社長様でいらっしゃいます。この人材採用関連では大変有名な社長様でいらっしゃいます。それでは、最初の質問ですが、ご出身はどちらの県ご出身でいらっしゃいますか?

寺澤社長:生まれたのは兵庫県の神戸市ですね。幼稚園の時に引っ越して、伊丹市で大学に入るまではそちらの方におりました。

新谷:なるほど。空港のある伊丹ですね?

寺澤社長:そうですね、はい。

新谷:なるほど。小学校・中学校時代の幼少期というのはどんなお子さんでいらっしゃったのですか?

寺澤社長:ごく普通の男の子だったと思いますね。中学・高校で中高一貫の男子校に行ったので、基本的には男まみれの中でサークルをやったり、友達と遊んだりということで、ごくごく一般的な学生だったと思います。

新谷:そうですか。高校時代はどんなことをして過ごしたなんて思い出はあられますか?

寺澤社長:クラブとしては剣道部に入っていまして、それもただ高校2年の途中で終了ということで、それからは受験のための勉強に入るということで、特にサークル以外ではこれといって何かをやっていたという訳ではないですね。

新谷:そうですか。その後、大学は慶応大学にご進学をされていらっしゃいまして、寺澤社長様は見た目も格好良くて慶応ボーイという感じで。

寺澤社長:いえいえいえ、全然そんなことないです。

新谷:さらに剣道ということで、すごいおモテになったのではないかなと思うのですが、何か慶応を選ばれた理由というのはあられたのでしょうか?

寺澤社長:兄が慶応の文学部に行っていまして、4年上だったので、ちょうど兄が卒業する年だったのですけども、私は地元の国立大学を受けて、私学は東京の私学を受けようということで慶応大学を受けてですね。それで、地元の国立が落ちたので慶応に行ったということで、特に慶応でなければいけないという気持ちはなかったのですけれども、これもたまたま兄が行っていて、兄が大学4年生の時に私が下宿に行って、受けるのに都合が好いからというような非常に安易な理由で受けましたね。

新谷:なるほど。でも慶応ということは、頭もよろしかったということですよね?

寺澤社長:そんなことはないですよ。たまたま。

新谷:大学時代はどんなことをして過ごされたのでしょうか?

寺澤社長:大学時代は、文学部の中でも哲学系のことが好きで、ちょっとそちらのことを学びつつ、学科としては当時新設の学科だった人間関係学科人間科学専攻というところに行って、当時新しい学問ということで、人間を基軸に学際的な学部ということで、心理学だったり社会学だったり哲学だったり、いろんなものが寄せ集まったような、そういうところでした。そこを専攻しつつ、サークルのほうは今度はトナーのサークルに入りまして、前半はまだまだ勉強していたのですけど、後半はあまり学校にも行かずにというような感じでしたね。

「HRプロ」で有名なProFuture株式会社の寺澤社長様新谷:なるほど。今のお話を聞いていると、今のお仕事柄の人関連と言いますか。何か通じるものがあるのですかね?

寺澤社長:これも全く偶然でして、大学卒業して大学院に行こうと。当時哲学科の大学院に行こうと思っていまして。それで、就職活動は社会経験の一環のような感じで、いくつかマスコミ系のにおいのするところにハガキを当時は出して、受けた中の1つがたまたまラジオ局の冠が頭に付く会社でして、ラジオ局だと思って受けに行ったら、たまたま就職情報会社だったということで。そうして受けたうちの1社そこに内定をもらって、大学院に行くつもりだったのですが、大学院に落ちまして。これは金を稼がないといけないと。1年ぐらい働いてみるかということで、その就職情報会社で働いたというのがきっかけで、もう就職関連に行こうとか、人関連のところに行こうなんていう頭は全くなく、偶然受けたところがそうだったというところですね。

新谷:なるほど。じゃあ大学で勉強したこととは全然関係ないほうに行こうとしたら、また元に戻ったみたいな感じのイメージですかね?

寺澤社長:そうですね。大学時代に学んでいたことと、就職をしてから仕事で人関連のことをやったというのも、これも全く別の内容になっていますので。大学時代は哲学だとか社会学とかをやっていましたから、正直卒業してからそれが役に立ったということは正直あまりないかもしれないですね。

新谷:なるほど。そうですか。では新卒で就職情報会社に入られて、そのまま役員までなられたということですか?

寺澤社長:これがちょっと正確に言いますと、最初に入った会社は14年ほど務めていたのですけど、そこは最後は部長でしたね。当時株主が変わったり、経営体制が大きく変わるということで、ちょっとその時にこの会社に残るのは嫌だなと思って、部長クラスの人が7人出て新しい会社を作ったのですね。それが私の経験からすると2社目になる訳ですけども。その時は7人で作ったメンバーの1人で、常務になった訳ですけども、そこで役員になったと。常務でいて、そこは6年間いて、それから今の会社を作ったのが2007年ですね。

新谷:なるほど。ではもともとご新卒で入られた会社から飛びてて、7人で起業したというようなのが2社目という形で。

寺澤社長:そうです。

新谷:なるほど。業種としては、同じ就職情報系の会社?

寺澤社長:2社目は同じ就職情報会社でしたね。私が起業した「採用プロドットコム」として起業したところは、これは就職情報会社ではなくて、ちょっと新しいビジネスモデルの当時としては会社だったのですけれども。1社目、2社目は同じく就職情報関連の会社でした。

新谷:なるほど。何か社会人になられてからでも構いませんし、2社目の件でも構いませんが、苦労したこととかそういうような思い出はございませんか?

寺澤社長:苦労はいっぱいしましたね。最初の会社は、本当に社会人1年目で会社に入った時は、実は就職活動中就職する気がそもそもないので、いい加減な就職活動をしていまして、「何がやりたいか?」と聞かれて、「やりたいことは特にないです」と。「でもやりたくないことは決まっています」と。「それは営業」だと言っていたのですね。営業という職種は非常に当時知らないくせに嫌な職種だというふうに思いこんでいて、営業が嫌だと言われて採用された会社なので、当然違う部署に行くだろうと。

企画部門……あえて言うのだったら企画部門が良いというふうにして、企画部門でというような話で採用されたのですけども、実際入ってみると営業だと言われて、即辞めたいと思いましたね。嫌で嫌でしょうがなかったのですけど、その中で何とかやっていくうちに営業の面白さというのが分かってきて、1年目の途中に営業が1番面白いのではないかというぐらいに面白くなって。それで大学院を本来的には受け直す予定だったのですけども、大学の先生からもそういうふうに言われていたのですが、「やめた。仕事のほうが面白い」ということで、そのまま大学に戻らずに仕事をしたと。最初は社会人になって半年ぐらいはもう生き地獄みたいな感じで、本当に社会人になるってこんなに嫌なことなのかというのが社会人のスタートでしたね。

新谷:なるほど。その営業を好きになったきっかけとかはございましたか?

寺澤社長:法人営業で企業に通って物を売ると。もともとのイメージがお客さんに対して、言葉は悪いのですけど、ちょっとこびへつらって物を売らないと、下手に出て物を売らないと物って売れないのだと思って、それが嫌だった訳ですけども。そんなことをしていても全然売れないと。お客さんの立場に立って、お客さんのニーズを把握して、それに対して商品を売るというよりも企画内容を売る、提案営業というのを心がけるようにしました。これは先輩を見ていたり、あとは自分自身はもともと営業に向いていないと思っていたので、理屈をつけないと物は売れないと。そういうので提案書をいっぱい作って持って行ったりしていた時に、ある総合提案をしていたお客さんから「提案をされたものを全部やろう」と言われて、相当な額だったのでびっくりして「なぜやってくれるのですか?」という話をしたら、「あなたを信用したから」だというふうに言われて、これは天にも舞うぐらい嬉しくて、営業の面白さってこういうことなのだと気がついてですね。

それから仕事に対する考え方、やり方というのがガラッと変わっていったと。これはある意味対等だし、お客さんのニーズを顕在的なものはもちろんですけど、潜在的なものまで引き出して、それに対して提案をして受け入れてもらって、それを成果に結びつけていくというのが1番仕事としては面白いのではないかというぐらい完全に考え方が変わったというようなことがありました。

新谷:なるほど。では今の社長業にも通ずる部分がその時の経験でもあられると?

寺澤社長:そうですね。そういう意味では、もともと私が営業を嫌っていたので、最初に無理矢理にでも営業につけさせられないと自分で選択するということになれば営業という仕事をしなかったというふうに思うのですけども、それが無理にでもやってみて、その面白さに気がついてできたと。当然ビジネスの基本は営業だと思いますので、お客さんがあってのことですから、そこを経験できた、最初に経験できたということは非常に財産でしたし、それが今でも私のコアなベースになっているというふうに思いますね。

新谷:なるほど。その後2社目の常務をやられた後、2007年に起業されていらっしゃるのですが、これは何か2社目の……常務でいらっしゃるとそれなりに大切なお立場だったと思うのですが、それを辞めてまで社長になろう、起業しようと思った理由は何かあられたのですか?

寺澤社長:そうですね。もともと2社目を作った時、7人で作った時に、前の会社がいろいろ経営的に問題があると考えて飛び出して作ったので、7人が1つのことを話し合ってやりたいと思って決めたというよりかは、違う考えを持った7人の部長クラスが外に出て、前の会社がこれはちょっとやばいぞということで、出て同じような就職情報会社を作って、前の会社をどんどん退職する人が出て、そこの受け皿になったような、そういう会社だったのですね。なので、やることも就職情報だと。当時私はインターネットビジネスが非常に面白いなと思って、就職情報以外のこともやりたかったのですが、それはある程度収益が出てからやろうということで、就職情報をやったと。

ところが、ある程度収益が出てきて新しいことをやろうという時に、私がやりたいというのもなかなか通らない。また、船頭を多くして船を動かすというのもまさに当時は典型のような形だなと思うのですけども、なかなかそれぞれの思惑が一致して大胆な手を打つということが当時はできないように感じたのですね。なので、このままいると当時44歳になるという時でしたので、このままこのビジネスを50、60とやっていく中ではもうちょっと時間がないなと思ってですね。それで自分で会社をやろうというふうに思った次第ですね。

新谷:なるほど。今のProFutureさんの事業がそのまま社長業として創業されていらっしゃる訳ですけども、当初の構想通り進んでいらっしゃる感じですか?

寺澤社長:全くそんなことはないですね。

新谷:そうですか。当初の構想はどんな構想でいらっしゃったのですか?

寺澤社長:当初は採用プロドットコムというふうに社名を付けたように、基本的には採用担当者のための情報を提供する会社になろうと。当時私は新卒採用の就職情報会社にいて、非常に業界の問題点というのを感じていて、それを客観中立的な立場で情報を出していこうと。それを評価してくれる採用担当者の方々がたくさん集まって、その方々に情報を提供しながら、そこをターゲットとするいろんなサービス会社さんとのマッチングをするというビジネスモデルを考えた訳ですけども。やっていくうちに、やっぱり採用担当者だけではなく、採用の問題というのは人事全般に関わることなので、最初は採用から育成にいって、それから人事管理にいって、システムにいってと。どんどん広がっていって、その問題解決をしようというふうに広がっていったというのがあります。

あとは、マッチングの仕方などでいうと、当初構想していて作ったものの恐らく半分以上は捨ててしまって、より精度の高いマッチングをしていくために常に日々改善、試行錯誤、また改善というところでやり方、マッチングの仕方も、事業の領域も変わっていったというところがありますね。

新谷:なるほど。

プロフィール

ProFuture株式会社 代表取締役 HR総研所長 寺澤 康介

1986年慶應義塾大学文学部人間関係学科を卒業後、就職情報会社文化放送ブレーン入社。営業部長、企画制作部長などを経て、2001年文化放送キャリアパートナーズを共同設立。常務取締役を経て、2007年採用プロドットコム(現社名=HRプロ)を設立、代表取締役社長に就任。約25年間、大企業から中堅・中小企業まで幅広く人材採用のコンサルティングを行う。