経営者の味方「0円ビジネスマッチング WizBiz(ウィズビズ)」

WizBiz:HOME >  ビジネスマガジン >  社長に聞く!in WizBiz  >  第3回 池本 克之氏(株式会社 パジャ・ポス代表取締役)【前編】  詳細


第3回 池本 克之氏(株式会社 パジャ・ポス代表取締役)【前編】

更新日:2017年06月28日

株式会社ドクターシーラボ、株式会社ネットプライスの経営者をつとめ、両社の株式公開に貢献した、池本克之氏のインタビューをお届けします。
池本様は、現在、組織学習経営コンサルタントとして、数多くの企業の業績向上のご支援をなさっておられます。幼い頃から高校時代まで、野球に明け暮れる日々だったという池本様が、経営者として成功を収められるまでのストーリーをお話しいただきました。また、経営者として成功した経験をお持ちだからこそ伝えられる「事業を拡大するコツ」を、惜しみなくお教え下さっています。どこまでも勤勉でストイックなお人柄が溢れるお話を、どうぞお楽しみください!
 

株式会社パジャ・ポス 代表取締役  池本 克之 氏新谷:新谷です。本日の社長に聞く!in WizBizは私の大変尊敬する池本社長様です。池本さん、よろしくお願いいたします。

池本:よろしくお願いします。

新谷:まずは経歴をご紹介させていただきます。池本さんは1965年神戸市生まれでいらっしゃいます。

大学卒業後さまざまなお仕事をご経験された後、株式会社ドクターシーラボに移籍をされていらっしゃいます。
その後代表取締役に就任され、JASDAQ上場まで貢献されていらっしゃいます。
その後ドクターシーラボを退任され、ネットプライスの執行役員として就任され、そのネットプライスもマザーズ上場ということで、経営者としては大変珍しい2度も株式公開、上場を経験されているという素晴らしい方でいらっしゃいます。

今現在は組織学経営コンサルタントとして、多くの企業様の業績向上、企業文化の発展をコンサルティングされていらっしゃいます。本日はよろしくお願いいたします。

池本:よろしくお願いします。

新谷:まずは池本さん、僕は知らなかったのですが、神戸市出身でいらっしゃるのですね。

池本:そうなのですよ。

新谷:子どもの頃というのは、どんなことをされたなんて思い出はございますか?

池本:神戸で生まれて、もう小学校1年生の1学期しか神戸の小学校に行っていなくて、それからすぐ千葉に引っ越したのですが。私の父が当時娯楽といえばもう野球しかなくて、野球選手になるものだと僕も思っていましたので、幼少の頃はもうずっと野球少年でした。

新谷:そうでいらっしゃるのですか。野球はポジションはどこか守っていらっしゃったのですか?

池本:小、中はキャッチャーですね。

新谷:それは大変びっくりですね。ピッチャーかと思いました。

池本:そうですか。そんなわがままに見えます?別にピッチャーの人はわがままじゃないか。

新谷:そうですね。その後東京に出られていらっしゃって、大学は東京のほうを出られていらっしゃるということになられると思うのですけども。

池本:正確にいうと高校は茨城県なのですよ。野球でまた全寮制の厳しい学校でやって。キャッチャーは立ったり座ったりが。下級生は楽させてもらえなくて、足痛いなと思って内野手に転向しました。大学は神奈川県です。

新谷:神奈川のほうでいらっしゃるのですか。

池本:日大の当時は農獣医学部といっていましたが、今は生物資源科学部という。Agricultureとかバイオとかそういうことを勉強する学校で、勉強しなかったというパターンですね。

新谷:今の池本さんからするとちょっと分野的には全然違う、理系になられるのです?

池本:理系です。僕も行ってびっくりしました。絶対にこれは農作業をすればいい体育会系だと思って、高校の先生にそう言われたので。それだったら大丈夫ですよとかって言って、行ったら完全に理科に決まっているじゃないですか。完全に理系で、そこそこ勉強では苦労しましたね。

新谷:そうでいらっしゃいますか。本当はでは農業系とかそっちに将来は行きたいとか、思っていらっしゃったのですか?

池本:衝撃のことを告白していいですか?

新谷:はい。

池本:全然興味がなかったのですよ。

新谷:本当ですか?

池本:本当に。日大の附属高校で野球ばかりしていたので、勉強をして上の日大に行けるのですけど、あんまり良い学部に…法学部とか経済学部とか。僕は本当は心理学部に行きたかったのですけど、全然点数が足らなくて選択肢がなかったのです。

新谷:なるほど。そうでいらっしゃいますか。池本さんというと聡明なイメージですので、すごく勉強できたイメージなのですけど、あんまり勉強は大学入ってからもされなかったのですか?

池本:そんなことはなくて、高校で野球は夏の大会負けて終わりまして、大学のセレクションというのがある訳です。実技試験みたいな。恐れ多くもそれを受けに行きましたら、全然歯が立たないというか、他の有名な学校からいっぱい来ている訳ですよ。この人達と勝負して、勝ち抜いてレギュラーを取って、プロ野球選手になれる訳ではないし、そもそももう体のサイズが全然違うのですよ。これ駄目だと思って、もうそのセレクションを受けに行って、30分ぐらいで野球は諦めて。よしここから勉強しようと思って。体育会クラスと言ったらいいのでしょうか。その中で唯一勉強で上に上がれたので、一応クラスでトップとかにはなりました。

新谷:そうですか。やっぱり聡明でいらっしゃるのですね。

池本:たかだか学校のレベルが知れていますから。

新谷:いえいえ。その後就職をされていらっしゃると思いますが、どんな企業に入られたのですか?

池本:最初は農学部出ておいて金融だったのです。これがとても良くてですね。何が良かったかというと、金融知識をその時徹底的に実地で身につけたというのでしょうか。今でいうノンバンクというやつですね。当時はバブル期末期に差し掛かっていました。誰もそうだとは思っていませんでしたけど。会社として間接金融なので、お金を銀行さんから借りてきて、その借りてきたお金にさらに金利を乗せて、銀行が貸せないちょっと危ない会社とか、ちょっと審査上問題がある会社に貸し付けると。そういうことをやっている会社の中で資金調達のほうの担当だったのです。

だからいろんな銀行さんに行って、今はなき日本興業銀行の頭取室とかに25、6歳で入っちゃって、何かものすごい毛足の長い立派な絨毯が敷いてあったりしてですね。足もつれてつんのめりそうになったりして、もうガチガチになりながら自分の会社の事業説明をして、お金を貸してくださいと。といっても当時のことなので会社自体が、僕が辞める時というか、会社がバブルでおかしくなった時に借入金が1兆円ありましたから。

そういう大きい銀行に行って、お金貸してくださいと。今期の希望額は1000億ですとか、1500億ですとか、そのお金を借りるための説明をするというような、もう当時は本当おかしくなっていましたよね、世の中が。それを25、6歳のペーペーが平気でやっておりました。

新谷:そうですか。すごい話ですね。

池本:そうなのですよ、ラッキーで。そういう場面を経験できて、金融知識、お金を借りるってどういうことかとか。ベタな話でいうと、手形小切手法は何なのだと。もう何十億の手形小切手を持って歩いていましたから。そういうことを勉強できたというのは、とてもその後の人生にすごく良い影響がありましたね。

新谷:そうでいらっしゃいましたか。その後さまざまなご職業をご経験されてから、ドクターシーラボに入っていらっしゃるのですが。

池本:そうですね。

新谷:ドクターシーラボに入られた経緯というのは、何かあられたのですか?

池本:ドクターシーラボに入る前に、別な通信販売の化粧品会社に在籍していまして。一応取締役でやっていたのですが、その時にある友人が連絡してきまして、「実は似たようなことをやっている会社があって、そこの社長さんから頼まれて、誰か商売を上手くやる方法を教えてくれるような人いないかと頼まれたのだけど、ちょっとそれを頼めないかな?」というようなことを言われまして。

「へぇーどんな会社?」と聞いてみたら、なるほど同じようなことをやっている会社で。しかもたまたま場所も近くて、歩いて行けるようなところで。「そうなんだ。社長さんどんな人?」と聞いたら、「医者なんだよ。ドクターやっていらっしゃってすごく優秀な方だ」と。「へぇーそれはすごいね。どれぐらいの規模なの?」と言ったら、当時私がいた会社の半分ぐらいだったのですよ。「そうなんだ」と。

じゃあせっかくお医者さんがそんなふうに、頭の良い方がやっておられて、そんな小さいのではもったいないから「いいよ。教えてあげるよ」と安請け合いをしまして。トコトコと会いに行ったのが、ドクターシーラボのオーナーでした。

新谷:では最初はコンサルティングみたいな感じですか?

池本:そうですね、はい。

新谷:なるほど。で、入ることになる訳ですよね?

池本:そうですね。コンサルティングで1、2か月やったら、あっという間に業績が上がって。「実は社長を探しているからやってくれないか」というふうに頼まれて、OKすることにして、そこから始まった訳です。だからこれもまたラッキーで、たまたま人の縁だとか、そのオーナーさんのご厚意でそういう立場にしていただいたということになります。

新谷:そのドクターシーラボをその後どんどん大きくされて、上場まで持っていかれる訳ですが、どうしてそのドクターシーラボは大きくできたというふうにお考えでいらっしゃいますか?

池本:そうですね、要因としては3つありまして。まず1つ目が商品力だと思います。聞いていらっしゃる方の中でも、男性で化粧品に特に興味がないという方が多いと思います。なのであんまりわからないと思いますが、ちょっと業界にはありそうでなかった商品をこのオーナーさんが作られていたのですね。これだったらもっともっと売れるのではないかなと思ったのが、私がお引き受けした理由でもあるのですけれども。その商品力がそもそもあったということが1つ目にあります。

それから2つ目は広告宣伝のやり方が非常に上手だったということがあると思います。例えば当時は女性誌、女性が読まれるようないろんな雑誌がありますよね。ああいうところに現役の若い優秀なお医者さんが記事を書くなんていうことは、あんまりなかったのですね。インタビューとか。それを積極的にお引き受けして、その代わり安く広告を出させていただくと、同じ雑誌に。そうすると前のほうから読んでいると、ドクターが出てきていろいろ教えてくれる訳ですよ、雑誌の上で。そう見ていると、その後ろに商品の広告がきて、多分これがこの先生が作っていらっしゃる化粧品なのだろうという連想がすごく湧くというようなことで。

よくその広告モデルでビジネスをやられている方は、コストパーオーダーとか、コストパーアクション、CPO、CPAというような言い方をして。広告費に対して、どれぐらい注文取れたのかとか、どれぐらい集客できたのかというような指標を重要視されると思いますが、そもそも記事とバーターで安く広告を出させてもらっているので、あんまり広告費をかけていない訳で。通常の広告費ではなく、安くやっていますので。そこでさらに通常の広告よりもたくさんの反響をいただくので、とても成績が良いというようなことをやったというのが、2つ目のこういうことですね。広告宣伝が上手くいったと。

3番目は今度はCRMの部分です。CRM、一応用語としてはCustomer Relationship Managementなので、お客さんとの関係を築いて、そこから言ってみればリピートでたくさん買っていただこうというような戦略のことを言います。この辺を私が得意にしておりましたので、特に重要に思って私が担当しまして。そうやって良い広告で安くたくさんお客さんが入ってくる訳ですが、この人達に繰り返し買っていただくような仕掛け、これも先行している大手の化粧品通販会社さんたくさんありましたから。

僕がドクターシーラボを引き受けさせていただいた時って、年商換算で3億ぐらいしかなかったので。4年後に120億になりましたので。スタートした時は3億なのですよ。でも周りを見渡してみると、もう先にスタートされている化粧品通販会社さんで大手さんがいらっしゃった訳ですよね。何とか春館製薬所とかファンケルさんとかですね。HCGさんとかいらっしゃって。そういった会社さんのやり方をものすごく細かく研究して、今だから言えますけども、そういった企業さんの売れている商品を買って、どんなものが送られてきて…。当時は何とか春館さんは電話攻撃をされていた頃なので、どんな電話がかかってきて、全部録音して分析して何を言っているのだと。というのを自社に置き換えて、それをそっくりそのままやるというようなことをやったりして、いろいろトライアンドエラー、テストテストを繰り返しながら、最適なCRMを見つけていくというようなことが早くチェックを細かく毎日やっていましたので。

それが上手くはまってたくさんお客さんが入ってくるし、その中から買っていただける方がたくさんいらっしゃったというようなことが起きたので、急激に売り上げが伸びたというようなことになりますね。

新谷:そうですか。お聞きしていると本当理路整然と喋られるのが、さすが池本さんという感じなのですが、ライバルを真似るというのはやっぱりそんなに重要でいらっしゃるのですか?

池本:だと思いますよ。特に業界的に100億200億300億の会社がある中で、たかだか3億の会社なので、うちはこれが得意だっていったって知れているので。やっぱり上手くいっている人、先を走っている方を真似させていただくというのは、とても重要な戦略だと思いますけどね。

新谷:それは恐らく今日これをお聞きになっていらっしゃるリスナーの皆さんも、経営者の方が1番多くいらっしゃると思うのですけども、その方々にもまずはライバルを研究する、真似るというのは重要だということでいらっしゃいますね。

池本:もう是非お勧めしたいですね。

新谷:なるほどなるほど。その後ネットプライスに移られていらっしゃいますが、これは何かきっかけがあられたのですか?

池本:そうですね。ドクターシーラボを退任しまして、実は一時期もうこれでいいやと思っていたのです。一応マイナーですけど株主だったので、上場をすると株を少し売りますよね。びっくりするようなお金が入ってくるのですよ。自分では当時見たこともないような。うわーと思って、ちょっと待て、今持っている株全部売ったらいくらになるのだろうと、人間だから計算しますよ。えぇそんなになっちゃうのだと。

だったら別にすぐ売らなくてもいいけど、これだけお金があったらもういいんじゃないのと、働かなくても。何か巷ではアーリーリタイアメントなんてのが流行っていたので、そうだ、これだと。俺もそれやろうと思って、何かちょっと勝ち組になったような錯覚をしまして。大間違いですよね。4か月程ドクターシーラボを退任してからブラブラしていたのですよ。それなりにお金はあるし、行きたいところ食べたいもの、何かいろいろありましたので、ひと通りやってみようと思って、やっていたのですけど。当時まだ40そこそこですよ。考えてみたら周りの友達とか知り合いは、皆普通に働いているのですよね。だから平日一緒に遊んでくれる人なんかいないのですよ。だから土日が待ち遠しいこと。平日は1人遊びですね。

そうこうしているうちに4か月も経つと、あることが起きました。飽きてきました。つまらないなと思って。ちょっと待てよ、こんなアホみたいな生活をしていても。そんなにどんどんお金を使う訳ではなかったですけども、それにしてもあっという間にこんなお金がなくなっちゃうし、せっかく運良くこんな立場になれたのにこのまま消費して終わるってバカみたいだから、ちゃんともう1回これお金一旦忘れて、地位も名誉も全部忘れて、もう1回一からちゃんと働こうと思ったのです。真面目でしょう。

新谷:真面目でいらっしゃるのですね。

新谷:最後までお聞きいただきまして、誠にありがとうございました。本日のpodcastはここまでとなります。また来週お楽しみに。

プロフィール

株式会社パジャ・ポス 代表取締役  池本 克之 氏
1965年神戸市生まれ。資金調達、海外ホテルマネジメント、生命保険営業の後、マーケティング会社設立、通販会社の経営を経て、ドクターシーラボ、ネッ トプライスなどの社長を経験。両社の上場、成長に貢献する。現在は、プロフェッショナルマネジメントの経験をクライアントに提供するブレイクスルー戦略コ ンサルタント。一部上場企業、業界トップ企業からベンチャー企業まで100社以上にコンサルティングを行い、業績の向上率は96.4%を超える。著作、講 演、メディア出演多数。株式会社パジャ・ポス代表取締役、NPO法人Are You Happy? Japan 代表理事。