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社長に聞く! in WizBiz(経営者インタビュー)
第29回 嶋津 良智氏(一般社団法人 日本リーダーズ学会 代表理事)【前編】

更新日:2018年05月08日

今回は、もっと“稼ぐ”組織を作る「上司学」「組織づくりの12分野」メソッドの開発者であり、リーダー育成の第一人者でもある、嶋津社長にお越しいただきました。大学卒業後に入社したITベンチャー企業では、同期100名の中でトップセールスとして活躍し、その功績が認められ24歳の若さで最年少営業部長に抜擢。その後28歳で独立し、2004年には52億の会社まで育て、上場まで果たしています。さらには出版した書籍は累計140万部を超えています。経営者として、右肩上がりで輝かしい成功を掴んでいった嶋津社長の秘密とは? インタビューをぜひお聞きください!
 

第29回 嶋津 良智氏(一般社団法人 日本リーダーズ学会 代表理事)【前編】新谷:本日の「社長に聞くin WizBiz」は、著者としても、セミナー講師としても、研修講師としても著名な、嶋津良智様にお越しいただいてます。

まずは経歴を読み上げさせて頂きます。大学卒業後、IT系ベンチャー企業に入社。同期100名の中でトップセールスマンとして、ご活躍されてらっしゃいます。その功績が認められ、24歳の若さで最年少営業部長に抜擢。就任3カ月で担当部門が全国ナンバーワンになるなどの活躍をされてらっしゃいます。
その後、28才で独立起業し、M&Aで2004年に年商50億円を超える企業まで育て上げ、株式上場を果たされてらっしゃいます。今現在は、教育機関リーダーズアカデミーを設立し、その推進を行なってらっしゃいます。

著書にも、100万部を突破した『怒らない技術』など、ベストセラーの著書、本をお書きになってらっしゃいます。研修コンサルタントと言えばよろしいでしょうか、有名研修コンサルタントとも言えますし、社長としても成功されている社長様を今日はお招きしております。今日はよろしくお願いいたします。

嶋津社長:宜しくお願いします。

新谷:それでは最初の質問ですが、出身は東京という風にお伺いしているのですが、東京でよろしかったですか?

嶋津社長:はい、東京の東村山というところですね。

新谷:おいくつくらいまで東京にいらっしゃったのですか?

嶋津社長:6才です。

新谷:その頃の思い出は残ってらっしゃいますか?

嶋津社長:いや、ほとんどないですね。幼稚園の頃なので。お友達と、将来結婚しようね、と約束したことくらいですかね。

新谷:その頃からおもてになってらっしゃったのですね。その後、横須賀にお移りになってらっしゃって、小学校中学校は横須賀ですか?

嶋津社長:そうですね。

新谷:その頃の思い出はございますか?

嶋津社長:思い出、そうですね。大好きだった女の子が転校しちゃったとか、そんなことですかね。

新谷:嶋津さん、私は真面目に付き合って、こんな女性話がお得意とは思わなかったのですが。

嶋津社長:思い出話と聞かれるとやっぱり、そういうことを思い出します。

新谷:小さい頃はどんなお子さんだったかなんてございますか?

嶋津社長:そうですね、まず勉強は全くしなかったですね。野球やって、友達と毎日日が暮れるまで遊んで、そんなことばかりやってましたね。

新谷:研修講師をやってらっしゃる姿からすれば、頭の良いイメージなのですが。高校は、また別の場所でらっしゃいますか?

嶋津社長:そうですね。父の転勤で栃木のほうに行って、高校は栃木ででました。

新谷:なるほど。その頃はどんな高校時代をお過ごしになられたのですか?

嶋津社長:僕、さっき言ったように全然勉強しなかったんですけど、高校受験を俗に言う失敗をして、行きたくない高校に行くことになって、高校2年の時だったんですが、学年でアイドル的存在の女の子がいたんです。偶然その女の子と同じクラスになって、その時にその彼女は賢くて美人だったんですけど、こいつと俺何が違うのかな、と思ったんですよ。その時にはじめてですね、努力を俺はしてないんだってことに気付いて、努力をしたら彼女みたいにならるのかな、と思ってはじめて勉強というものに目覚めて、一生懸命勉強したんですよ。

そしたら、その彼女が一番で僕が二番だったんですよ。なんだやればできるじゃん、と思って、高校の時は一生懸命大学に行くことばかり考えて勉強しましたね。あとは、音楽に明け暮れてましたね。

新谷:そうでらっしゃいますか。その美人の方とは付き合ったりとかはなかったのですか?

嶋津社長:全くないです。僕の親友と付き合ってました。

新谷:そうでらっしゃいますか。大学のほうに進学されて、大学時代というのはどのようなことをされてたのですか?

嶋津社長:大学時代はバイトとバンドに明け暮れてましたね。

新谷:バンドは何系のバンドだったのですか?

嶋津社長:ハードロックです。

新谷:嶋津さんの年代だとガンズとかそっちの、、


嶋津社長:いや、もっと古いです。スタートは、KISSとかレインボーとか、ディープ・パープルとか。その後すぐオリジナルでずっとやっていたので。

新谷:そうですか。バンドでデビューしようとは考えなかったのですか?

嶋津社長:当時は思ってましたけど、今から思うと、まあまあ弱かったですよね。ただの願望です。

新谷:そうですか。その後大学卒業後、ITベンチャー企業にお勤めになり、ご就職なされてらっしゃいますが、音楽を捨ててベンチャー企業ということでよろしいですか?

嶋津社長:捨てたっていうとカッコいいですけど、自分が一番才能がないのはわかっていたので、普通に就職活動をして入ったんですけどね。僕は本当に頭が悪かったので、どこも雇ってくれなくて、人生唯一、内定と呼ばれるものをもらったのは、生涯1社しかないんですね。そこの会社に入るしか選択肢がなかったので、入ったという感じですね。やりたいことがあったわけでも、入りたかった会社があったわけでもなかったので、もういいやと思って入ったので。

新谷:なるほど、私と一緒ですね。私も100社受けて、ベンチャーリンクしか受からなかったので。じゃあ選ぶというよりは、ここしかなかったという感じで。で、お入りになって、もう24歳では営業部長ですから、2〜3年で営業部長ですか?

嶋津社長:そうですね。俗に言うベンチャー企業というのは、当時社員は400名くらいの会社だったんですけれども、会社も若くている人間も若くて、頑張ったら頑張っただけ評価をしてくれる会社だったので、いろんなことがある中で、たまたま頑張る機会があって頑張って、評価されたので、25くらいの時にはもう50名くらい部下持ってやってましたね。

新谷:凄いですね。入社当初から営業成績は良かったんですか?

嶋津社長:いや、全然売れなかったです。たまたま、素晴らしいリーダーとの出会いで、僕が変わったという、ある意味その経験があって、その体験から育てる側が良くなれば、もっと社会の企業も良くなるっていう、僕の思いがあって、今リーダー育成という専門業としてやっているんですね。

新谷:なるほど。できればエピソードというものを教えて頂きたいのですが、何か変わったエピソードなどはございますか?

嶋津社長:最初のリーダーというのが、僕のある意味、僕の人生を変えてくれた2人目のリーダーだったんですけれども、1人目のリーダーというものが、見込みを作ったら同行してやるから、見込みを作ってこいっていうタイプのリーダーだったんですよ。それで、見込みを作って帰ってこないと、ここが情報不足だから、ここをもう一度収集してこいだとか、ここだったらお前でもこうやって話せば、うまくいくかもしれないから、ちょっと頑張って営業してこいとか、そんな感じのリーダーだったんですよ。

今から思うと多分、同行するのがめんどくさかっただけなんです、あのリーダーは。それで、2人目のリーダーが一番最初に僕に言ってくれたのが、俺が必ずお前を売らせるようにしてやるから、って言ってくれたんですよ。

頼もしいリーダーだなと思って、その最初のリーダーとの最大の違いは何かというと、俗に言うOJTじゃないですけど、現場でずっと同行をしてくれたんですよね。

それによって、行間っていうのを掴めるようになってきたんですよ。行間っていうのは、付き合ってた恋人が同棲したりとか、付き合ってた恋人が結婚したりとかして、一つ屋根の下に住み始めたら色々見えてくる部分ってあるじゃないですか?

あれと一緒なんですけど、一緒に毎日のように同行して営業を見せてもらえたおかげで、こうやってやるとお客さんてメリット感じてくれるんだとか、こういう状況で提案するとお客さんはメリットを感じてくれるんだなとか、こういう風に返すとお客さんはなるほどと納得してくれるんだとか、今まで見えなかったものが色々見えてくるようになって、あとは例えば一緒にお客さんのところに行って僕は何も喋らずに、何もやらな過ぎて隣で眠くなったりとかしていたんですけど、そのお客さん先で契約が取れて、外に出たらカバンの中に入れた契約書を出して、この契約はお前が取ったことにして、会社に持って帰れ、と契約をくれたりとかですね。

さらには、全然違うところに営業に出ていて、帰りにその上司から電話がかかってきて、今日一緒に帰ろうよと言うからいいですよと言って待ち合わせをしたら、カバンからやっぱり契約書を出して、これお前が取ったことにして持って帰れと言ってくれて。

僕もあまちゃんだったので、まじすか、まじすか、とか言いながら契約書をもらって、会社に持って帰ったりとかしていたんです。

けどそれによって、はじめて目標達成をさせてもらったんですよね。

僕は成功の疑似体験というのをさせてもらって、ノルマって達成するとこういったことが起こるのか、だとか、目標達成すると周りがこういう風に反応するんだとか、そういったものを感じさせてもらえたんですよね。やっぱり人というのは、一回登った山っていうのは下りたがらないじゃないですか。だから、今度こそ自分で頑張ってみようかなという気持ちも沸いてきて、それからはずっとノルマを切らないような営業マンになれたんです。

僕みたいになんの才能も取り柄もなくても、そうやって素晴らしいリーダーとの出会いによって変わるんだなというのを、本当に体験、体感したので、ぜひリーダーの方々にその辺を伝えたいという風な思いがあるんですよ。

新谷:なるほど。24歳で営業部長になられて、50名も部下がいらっしゃった頃は、苦労とかはされてらっしゃらないのですか?

嶋津社長:半端じゃないですよ。24、5の小僧で、戦略とか何だとかさっぱりわかってない頃でしたから、本当にただ部下を鼓舞して煽って、僕が好きな言葉なんですけど、世間でいうと気合と根性的というんですかね、本当に部下に頑張ってもらっていたという感じなので。

そりゃ部下から反発を受けたり、辞めてしまったりとか、色んなことがありましたけど、そこが僕の原点でもあり、マネージャーとしての原点であり、実は後悔は一切していないんですよ。ただ、あの時はやっぱり僕なりにベストを尽くしていたつもりなので、いまから思うとということはたくさんあるんですけどね。感謝してますね。

新谷:3カ月でトップ、全国1位を取れるということはもともとマネジメントの能力があられたのかな、と思いながら経歴をみさせていただいていたのですが。

嶋津社長:たまたま、僕がマネージャーになる前のチームの上司が、俗に言う、はあ?ってタイプの上司だったんですよ。それに対して僕のが、俺だったらこうやる、というのが常にあったので、凄い反面教師的にやったので、当時の部下からすると、嫌だったようなことが全部解消されたようなリーダーだったので、そういう意味で一気に駆け上がっていったみたいなところはあると思うんですよね。

新谷:そうですか。お話を聞いていると、嶋津社長様の端整な顔立ちからだからと思いますが、凄いスマートにうまくやってらっしゃってあんまり苦労したようには思えないんですけれども。

嶋津社長:いやいや、本とかには書いてあるので、ぜひ読んで欲しいんですけど、まあ色々ありましたよ、やっぱり。

新谷:そうですか。その後、24から28のたった4年後独立されてらっしゃって。

嶋津社長:そうですね、28の時に独立しました。

新谷:それは何か、たった4年で学びきったとかそういうのがあられたのですか?

嶋津社長:理由は3つあったんですね。1つは、さっき言ったように頑張ったら頑張っただけ評価してくれたので、僕の上というのが担当役員しかいなかったんですよ。その時に、実力主義の会社ではあったんですけれど、上に行けば行くほど多少年功序列みたいなものがあって、僕が飛び抜けて頑張っていれば良かったんですけれど、残念ながらそうではなかったので。どう考えても次は俺じゃないなと思った時に、頑張ったら頑張っただけ評価してもらっていただけに、急に先が見えなくなってしまったというのが一つあって。

それともう一つが、どっちかというとイケイケどんどん系の会社だったので、新規でお客様を増やすみたいな会社だったんですよ。僕はやっぱり機械物を扱っていましたから、いずれ壊れるんだから、壊れた時にまたうちから買ってもらえるようにもっとお客さんを守るべきじゃないか、というのがあって。そのお客さんに対する考え方の相違。

あと、一番決定的だったのは、自由にやらせてもらった分成長ができて、今思うと感謝だったのですが、でも売り上げの追求が厳しかったんですよね。そんな中で、じゃあこういう風にやらせてほしいだとか、こういう風にさせてほしいと上に提案していくと、お前の部署だけ特別扱いできないとか、そんな決定権はないとか、まあそういった感じのことを言われて、なんかもっと自由に自分の考えや思いを素直に反映させられるような仕事の仕方ができないかな。

主にはこの3つで、辞めることを先行させて、僕は全然独立志向はなかったので、僕より1年先に辞めた親友がいて、彼に実は俺も辞めることにしたと話しに行ったら、じゃあうち来て一緒にやろうよと誘ってくれて、副社長に迎えてくれるといってくれたので、その彼と一緒にやるつもりだったんですよ。

それで1カ月前に言っていいと当時の役員に言われていたので、1カ月前に実は今月末で辞めることになってるんだという話をしたら、その中の何人かの人間が、嶋津さんどうするんですかというから、俺はこういうやつの会社へ行くよって言ったら、僕らも辞めたいので一緒に何かやりましょうよ。という風に言ってくれたので、それもありかなと思って独立をすることにしたんですよ。

それで独立すると決めたはいいんですけど、ノウハウが何もないわけですよね。結局その会社でやっていることしかノウハウがなかったので、結局同じこと、同じ業種、同じ業態で独立して始めたという形ですね。

プロフィール

嶋津 良智

一般社団法人 日本リーダーズ学会 代表理事
嶋津 良智 1965年1月26日は、日本の著述家、評論家。リーダーズアカデミー学長。セミナーズアカデミー学長。一般社団法人日本リーダーズ学会 代表理事。早稲田大学エクステンションセンター講師を務める。