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社長に聞く! in WizBiz(経営者インタビュー)
第27回 和田 裕美氏(作家、営業コンサルタント)【前編】

更新日:2018年05月07日

今回は、作家でもあり、営業コンサルタントでもある和田裕美様にお越し頂きました。これまで出版した書籍は50冊を超え、累計200万部超えのベストセラー作家として、ビジネス書だけでなく、絵本や小説と幅広く執筆されています。外資系教育会社のフルコミッション営業では、世界142カ国中第2位で、20代で女性初の支社長となった方です。そんな華々しい実績をお持ちの和田裕美さんも、始めから営業が得意だった訳ではなかったとのことです。「営業が向いていない」と気づいた所からどのように成果を出し、起業に至ったのでしょうか。「陽転思考」を日本中に広めている和田さんのお話は、聞いているだけで明るい気持ちになります!
 

第27回 和田 裕美氏(作家、営業コンサルタント)【前編】新谷:本日の社長に聞くin WizBizは著者としてもセミナーとしても大変有名な和田社長裕美様でいらっしゃいます。
まずは、ご経歴をご紹介いたします。和田裕美様は、外資系教育会社でフルコミッションの営業でお客様から98%の契約をいただき、全世界142カ国で第2位の契約数をおさめられ、20代で女性初の支社長になられたご経歴をお持ちでいらっしゃいます。著書も多く50冊以上の本もお書きになっており累計200万部を超えるベストセラー作家でもいらっしゃいます。和田社長様をお招きいたしました。本日はよろしくお願いいたします。

和田社長:よろしくお願いします。

新谷:それでは、最初のご質問ですが、ご出身は京都でいらっしゃいますか?

和田社長:はい、そうです。

新谷:小学校、中学校時代はどんなお子様だったのですか?

和田社長:すごい、人見知りで引っ込み思案で大人しくて人と喋れない子どもでした。

新谷:今のご様子と全然違いますね。

和田社長:大人になってから変身しました。根っこの部分ではパーティーが苦手ですね。

新谷:そうでしたか。そうしましたら名刺交換とかお好きではないですね?

和田社長:やります。社会人というか、社長なのでやるのですけど、ほっといて何も仕事がなかったら、部屋に籠ってしまう人です。

新谷:そうなのですか。アクティブなイメージを勝手ながら持っていました。

和田社長:全然、アクティブではないです。仕事の顔ですね。

新谷:普段は、演技をしていますね。

和田社長:そうですね。演技というか二重人格を……。

新谷:高校時代も、京都でいらっしゃいますか?

和田社長:そうです。

新谷:高校時代も引っ込み思案でいらっしゃったのですか?

和田社長:高校の時、バレーボールを始めて、少しずつ自分の中で改革をしようとした努力した時期ですが、基本は大人しいです。

新谷:そうでいらっしゃいますか。 大学も京都の大学でいらっしゃいますが、そこでも引っ込み思案でしたか?

和田社長:大学の頃は、大分変わってきていますけれども基本は、変わらないですね。
友達が明るくなったりですとか派手になった分、自分も派手になり、遊びに行っていたりしていましたが、バイトばかりしていました。

新谷:何のバイトをしていましたか?

和田社長:ホテルの配膳のバイトをしていました。時給が良かったので。

新谷:京都のホテルですよね?

和田社長:はい、色々なホテルに行っておりました。

新谷:今のお姿からイメージが湧きませんね。

和田社長:そうですか。どんなバイトをしていたと思いましたか?

新谷:華やかな感じかと思っていました。

和田社長:ホテルの配膳のバイトは、学生なのに1300円ぐらい頂けました。そのため、お金儲けには目覚めていたと思います。

新谷:そこから今のような素質が芽生えていたのかもしれませんね。その後、大学卒業後すぐに外資系教育会社に勤めたのですか?

和田社長:少し違う会社にいたのですけど。気弱ですぐ辞めてしましました。

新谷:どのような会社にいたのですか?

和田社長:アパレル関係の会社にいました。

新谷:そこは、女性らしい、派手とは言いませんが、おしゃれな感じですね。

和田社長:実家がブティックをやっていまして。やりたいことやなりたいものが見つからないので洋服のことでもやっておくか、と志が低かったです。

新谷:何年ぐらい勤めましたか?

和田社長:1年ちょっとくらいです。

新谷:アパレルは合わなかったということですか?

和田社長:アパレルで働いたときに、こんな自分ではダメだと考えて少しずつ芽生えてきて、もっと自分で自立したいと考えて営業の方にいきました。

新谷:そこで外資系の方に行ったのですね。そこを選ばれた理由は?

和田社長:京都から東京に出てきて、お金がないと東京は楽しめませんでした。友達とかは、パトロンとかを作ってお金持ちになって行きました。私は出来なかったのですが、どうやったら東京で楽しく生きていけるかを考えた時に、ちょっと銀座のクラブで働いてみようかとなりました。それで、銀座のクラブの時給が3800〜4000円ぐらいでしたが良いですよね?

新谷:良いですね。

和田社長:1日3時間働いたら10000円になりますよね。働いたのですが、1週間で合わなくて辞めてしまいました。

新谷:銀座のクラブで働いていたのですね。

和田社長:今でもまだ残っています。数寄屋橋にある有名なところで、作家さんが集まるところです。1週間行って合わなくて辞めました。その時に自分で稼げるようになろうと考えまして、自分で自由に稼げる世界は営業だと考えまして営業になろうと決心しました。

新谷:そうですか。全然想像がつかないお話なのでビックリしました。外資系の教育会社に入りまして、すぐに成績は残されたのですか?

和田社長:日本では、外資系の完全歩合やフルコミッションは馴染みがないです。例えば、日本においては外資家の保険会社さんはフルコミッションですし、アメリカ出の会社はフルコミッションが多いですね。契約が取れないと家賃も払えませんよね。最初から結果は出ませんでした。非常にハングリーになれました。結局人間ってお給料などの定額の保証があると今日自分が頑張らなくても食べていける。しかし、今日自分が頑張らなかったら食事もできない状態になってしまいます。最初から結果が出なくて、3カ月続くとダメになってしまう。会社の説明会の時に3カ月間は、研修期間ではなくてプロへの登竜門であると言われました。アントレプレナーになる起業家育成の期間ですから、3カ月でプロになれなかったら辞めなさいと言われました。

新谷:厳しいですね

和田社長:3カ月で結果を出せなかったら食べていけないので自然と辞めていくのですよ。3カ月の間で自分がものに出来るかできないか勝負してみました。1カ月と2カ月は結果が出なかったですがそこから少しずつ結果が出てきました。

新谷:世界第2位の成績を上げるまですぐだったのですか?

和田社長:始めてから2年から3年目くらいです。

新谷:そうしましたら営業の素質があったのですね。

和田社長:小さいころから実家の商売を見てきたのが大きな要因だったと思います。

新谷:経営者の覚悟、フルコミッションの覚悟はすっと受け入れられたのですね。

和田社長:いいえ、受け入れられなくて、こんな仕事を友達に言えないと思っていました。普通は固定給がついていて正社員になることが日本の中でステータスだと思います。何もついていないフルコミッションで、誰でも入れる会社は日本のイメージから恥ずかしくて言えなくて受け入れられなかったです。

新谷:受け入れられたから良い成績をおさめられたのではないですか?

和田社長:半分は受け入れられていない。もう半分は上司の言葉が当たり前だと感じました。アルバイトで同じ時給の1000円で働いていてすごくお客さんに気配りできている人と、しょっちゅうサボろうとしている、たばこばかり吸っている人も同じ1000円でも不公平でしょと。全然働かない人は300円で働いている人は1700円でいいと思えるのがフルコミッションだと言われました。努力や頑張ったりする成果がダイレクトに入ってきて。それは、男性、女性、経験、学歴、すべて一切関係ないチャンス平等結果は不公平の世界だからそのチャンスをしっかり掴めと言われました。その言葉は納得しています。だから頑張れました。

新谷:何か世界第2位の成績を残せた要因や努力はありますか?

和田社長:仕事が向いている、向いていないというのはあります。もともと私みたいなタイプは営業には向いていなくて、積極的にアグレッシブにしている人の方が向いている。最初にやった時に無理だと思いました。みんなが電話営業しているのを横目で教材の勉強をやって逃げていました。逃げているので結果は出ないですよね。向いていないと言ったら最初から向いていると思っていたの? と言われました。最初から向いている仕事をしても意味がない。向いていない仕事をするのが人間の伸びしろを伸ばすから、もしそれが君に向いていないとかんじているのだったら向いたときに相当力がつくと言われました。

私、単純なのでそういうことを言われて感銘をうけました。自分の長所は単純で素直が取り柄で、そうした時にどうしたらいいか考えた時に市場は一緒、商品は一緒で結果が違うのは個人差ですよね。ではなぜ、Aさんがトップで、Bさんは最下位なのか商品が同じなのに、行動量が違う、人間性、喋り方、態度、好かれているか嫌われているかなどの要因がありますが、それを研究しないといけないと思って、私が行ったことは売れている人の徹底研究です。

新谷:売れている人をベンチマークみたいな感じですか?

和田社長:そうです。見にいきました。録音機を持ってその人が接客しているのを、喫茶店でやっているのであればそこにこっそり付いて行きました。探偵みたいですね。それくらいハングリーだった。結果を出すのは、結果を出している人を真似してみようと考え、足りない部分を補おうと思って、見に行きました。

新谷:何人くらいの方を見に行かれたのですか?

和田社長:4、5人くらいです。共通項が分かりました。売れていない営業マンを見るとなんで勉強しないのかと思います。すごい人のところにいかないし、真似をしようともしない。営業に限らず、いろいろな仕事で言えると思います。優秀な人間を見て、あの人違うよなと悪口を言う人がいます。見て真似をすればそういう風になれるのに。そのためでよく言うのですけれど真似をしたほうがいいと。私は、真似して、自分の持っているものとその人の持っているものを真似して自分の中でコラボしてオリジナリティを作って行きました。

新谷:なるほど。大変勉強になるお話です。全国の経営者が「なるほど」と思っていますね。

プロフィール

和田 裕美

作家、営業コンサルタント
和田 裕美は日本の著述家。 株式会社HIROWA代表取締役。株式会社イマジンプラス社外取締役、社団法人神社プラス1代表、エンジン01会員、特定非営利活動法人FDA名誉顧問、熊野本宮大社参与、特定非営利活動法人ヴィンテージエイジングクラブ会長、京都光華女子大学客員教授