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社長に聞く! in WizBiz(経営者インタビュー)
第22回 前田出氏(一般社団法人 協会ビジネス推進機構代表理事)【後編】

更新日:2018年01月30日

今回は、協会ビジネスの第一人者である、前田出様にお越しいただきました。ホビークラフトで作り上げた認定講師が活躍する仕組みをビジネスモデルとして、2007年より他の業態に「新・家元制度」を提唱されています。
ミュージカル劇団、街づくり、インテリアコーディネーター、選挙のプロデュースなど…様々な経験が現在のビジネスの成功につながっていくストーリーは、大変興味深い内容となっております。

前田先生の語る、事業を大きく発展させるための「仕組みづくり」とは?企業成長を目指す経営者の皆様は必聴です!
 

前田 出 氏(一般社団法人 協会ビジネス推進機構代表理事)新谷:では、コロネットを設立する前に押し花の方で、ミュージカル、選挙、インテリアコーディネーターのときのように作っていったのですか?

前田社長:押し花の場合は、もうすでに新・家元制度・協会ビジネスの原型があったんです。押し花というのは先生を育成する。そして、押し花の先生に教材を販売するというモデル。日本ヴォーグ社っていうのは、それにプラス本を作ったりいろいろなことをしていたのですが、教えるビジネスだけでは限界がある。教える人に中から今度は商品を作ることをやろうということになり、教える先生の中から選抜をしました。その中で結婚式のブーケを押し花で残す記念日額を作る会社を作りました。これがコロネットでした。コロネットというのは花の冠という意味です。それを作って、先生という教える人から押し花額という商品を作るデザイナーになる。商売として成り立つビジネスをやろうということになり、全国に110ぐらいのアトリエを作りました。年間で約25,000額ぐらいの額を受けるビジネスモデルを作りまして、その人たちにそれを卸す卸業がコロネットでした。特許付きの商品を卸し、その額が素晴らしいということをゼクシーとかに広告を出しながらやっていった。それで3人で3億ぐらいのビジネスでした。

新谷:素晴らしいですね。コロネット成功させたのでそこから家元制度という発想になったのですか?

前田社長:押し花でいうと、一番最初に教える先生を作るというモデルがあり、次に教えるだけでは収入の限界があるので商品を作る。そこから今度は、桂由美さんとタイアップさせてもらい桂由美さんのドレスにあわせたり、プロデュースした女優さんの持っていた花を押し花額にするなどアート部門を作りました。世界で押し花をやっている人たちを纏め、世界押し花芸術協会というものを作りました。押し花を芸術までに持っていくことで、ホビークラフトをやっている人をアーティストやデザイナーとして名乗れるようになるビジネスモデルを確立しました。

新谷:それがいわゆる認定講師制度ですか?

前田社長:そうです。

新谷:その成功を見て、もっと拡げられると感じたのでしょうか?

前田社長:このビジネスモデルを押し花だけではなく、他に展開しようとコロネットの押し花事業をやっていた部門をただの事業部にして、ビーズやキルトなどのホビークラフトの部分で新しく作りました。事業として元々あった押し花の記念日額という部門を横に事業展開していきました。

新谷:それはコロネットでやられたんですね。

前田社長:そうです。

新谷:なるほど。コロネットから家元制度を活用したビジネスに行かれたのは何年前から?

前田社長:押し花をやりだしたのが1996年。ビーズとしてきっちりと動きだしのが2001年くらいです。

新谷:ではそのあと、もっと拡げてという形になるのですね?

前田社長:押し花で作ったビジネスモデルでいろいろなところとお付き合いがあり一番大きい所で、三越や伊勢丹のデパートで展示会をして、6日間で3万人とか4万人動員できるビジネスモデルでした。そういう成功モデルがあったのでビーズを始めるとき何もない所から始めたのですが、ビーズのマーケットで200億ぐらいあり、押し花が30億だったので約6倍、7倍のところにこのモデルを持っていく。成熟したマーケットだったので習いたい人、教えたい人がたくさんいました。ここに標準化したモデルをつくり、公益財団の認定を出しますと募集をかけたら、最初5万5000円のモデルに5000人問い合わせがあり、2000人が買ってくれました。

新谷:すごい数ですね。

前田社長
:広告も1ページ30万の広告で5000人集まった。

新谷:高収益ですね。

前田社長:それは、丁度三越のイベントをしたり、新聞社と組んだりいろいろな相乗効果が生まれて、できたモデルだったのですけど、初年度だけでそれだけのモデルができました。

新谷:それを成功されたらこれでいけると思われたのですか?

前田社長:そうですね。習っている人から見ると、いかに権威を持って、自分にブランドを付けて各地で展開できたらいいというモデルができた。協会ビジネスの一番の原型の押し花でできたものを展開して、きっちりと標準化したものがビーズのモデルでした。

新谷:2008年には新・家元制度を活用した認定講師育成事業モデルを講座として開校されてらっしゃいますが、『よしやろう』と前の年ぐらいには思われていたのですか?

前田社長:そうですね。2001年にビーズの事業をやりだして7年ぐらい経過し、売上も8億、9億ぐらいになっていた。このビジネスモデルというのは最初小さくて、世に出したらつぶされてしまう。大手が来たらダメだったのでしょうが、この業界の中では確立できた。そこからホビークラフトという業界ではなく、整体や食育やお金などいろいろな所に展開可能だと思った。このモデルを横展開したいというのがあって、ちょうど2008年に公益法人制度が変わりました。今、皆さんが一般社団法人とか一般財団法人を作っていますが、それまではNPOしかなかった。株式会社かNPOという選択肢しかなかったのが、一般社団法人を作れるようになる。今やっている協会ビジネスの器として一番いいモデルができたのでこのときに世に出そうということで、神田昌典さんと一緒に講座をして神田さんの情報発信力でいろんな著者の人やビジネスの新規事業が好きな経営者が来ました。講座ビジネスという形で人に教えたのが初めてでした。63万円という結構高額な講座でしたが、僕の講座ビジネスは高額から始まりました。

新谷:なるほど。先生の歴史を聞いていると家元制度はそうやって出てきたのだと感じ、素晴らしいなと失礼ながら関心させられる話でした。
全然違う質問をさせていただきたいと思いますが好きなものに「うまい飯」とお答えになっていますが、どういう種類のものがお好きになるのでしょうか?

前田社長:僕自身は、ビジネスとプライベートを結構分けていて、32歳まで自分でやりたいことをやっていた。会社を作ったあとも結構自分の時間も重視していて、今は変わっていていますが、コロネットの頃は一番最初に決めるスケジュールは誰と食事に行くかでした。ほとんど誰かと毎日飯を食うと決めていた。毎日誰とどんな飯を食うかと考えて、その会話が弾むものやこの人とこの飯を食いたいと決めて、仕事の予定を決めていくスケジュールを作っていった。

新谷
:前田先生らしいですね。うまい飯というよりは一緒に食べる人もセットで全部合わせてうまい飯としているのですね。ちゃんと1カ月間30人セッティングするのが先ですか?

前田社長
:もちろん家でも食べましたが、当時は和歌山と東京の二重生活をしていて、週末和歌山に帰って、平日は東京でホテル暮らししていた。誰かと飯を食わないと寂しいので、いつも誰かと食うものを決めていました。

新谷:そうですか。うまい飯というのが少しわかった気がします。もうひとつ座右の銘をお教え頂いたら「投げられた石は足元に積んでいけ」これはどういう意味ですか?

前田社長:和歌山でミュージカルをやり始め、そのあとまちづくりを始めたのですが、結構名士の人たちと会う機会がありまして、丁度和歌山の出納長という県のナンバー3の人の奥さまが梅沢さんという先生で、女流作家でもあり、和歌山の女性を纏める人でした。この方と一緒に雑誌を作ることになり、うまいもの巡りをやることになりました。その時、車に乗せて和歌山県下を回っていたのですが、「まちづくりをやっているとその時にみんなはちやほやしてくれる。権力をもっている人から見たら目障りでも何でもないが、もう少し力を持ち出して脅かす存在や目障りになったら石を投げてくるようになる。その石を投げられたらその石は投げ返すな、投げられたらありがとうと言って足もとに積んでいけと。その石をずっと積んで行ったらいつの間にか石が高くなって、石垣となって石が届かなくなる。批判されるのを反発せずにそのままありがとうと言って受けていけ。」と言われ、自分はその時はちやほやされているが石は投げられていない、どんどん目立つ存在になっていってもいろいろなことでたたかれるようになる。石は投げ返すなというのをずっと守ってきました。

新谷
:なるほど。先ほどの選挙の後の放浪した話に通ずる話ですね

前田社長
:選挙なんか石とか岩が飛んでくる世界ですから。

新谷:大変勉強になる話ありがとうございました。最後なのですが、今後起業する方、または今社長をやっている方へ向けて、社長業の成功の秘訣をお教え頂けたらと思うのですが。

前田社長:僕は社長業をやっていたことはないのです。基本的に専務から会長という形で、実務をやるときは専務をし、20年以上は会長しかやっていないです。僕の場合は自分の時間を大事にしたいのでなるべく誰かにやってもらうと考えています。人が動くためにはどうしたらいいのか。仕組みづくりが大好きだったのでこのビジネスをやるのにどういう役割の人が必要か。そして、この役割をうまく回す役目は僕の役目で、それぞれ実務をやる人は実務する人などそれぞれつくり、自分が出来ないことをやってもらう組織づくりを考えてきました。だから僕は、事業を作った場合は先に仕組み(組織)をつくったほうがいいと思います。1億ぐらいまででしたら、その場その場で判断していけばいいと思いますが、10億超えるビジネスをやるのであれば、仕組みをつくることから始めたほうがいいと思います。

新谷:なるほど。仕組みづくり、私も頑張って作っていきたいと思います。本日は、ありがとうございました。リスナーの皆さまもお聞き頂き誠にありがとうございました。前田先生は本も出されていらっしゃいますし講座も今でもやってらっしゃいますので家元制度にご興味ある方是非ご参加いただければいいんじゃないかと思います。前田先生ありがとうございました。

前田社長
:どうもありがとうございました。

新谷:皆様、前田先生のインタビューをお聞き頂きまして誠にありがとうございます。お聞きしておりまして家元制度を作る運命だったのだと。ミュージカルのプロデューサーをやり、まちづくりをやり、そしてインテリアコーディネーターの講師育成制度もやり、コロネットの押し花、ビーズ、そして選挙もございましたね。すべての流れからすると家元制度やるために前田先生は運命付けられてそのまま歩みられて大成功されていらっしゃる。

そして、すべては仕組みづくりというようなお話もございましたが、素晴らしい社長様・先生でいらっしゃいまして、私も昔から尊敬しておりましたが、更に尊敬してしまいました。私もそうですが、皆さま方も是非仕組みづくりをがんばって企業成長をして頂きたいと思います。本日は前田先生のお話をお聞き頂き、誠にありがとうございました。

プロフィール

前田 出(マエダ イズル)

1954年1月5日 和歌山市生まれ
一般社団法人 協会ビジネス推進機構代表理事
神戸山手大学 客員教授
書籍・映像などの著作

「社会に良いことをしながら儲かる仕組み」として、協会ビジネスモデルを提唱。2020年までに、年商1億円の協会を200作り、10万人の認定講師が活躍する社会を実現させる。