経営者の味方「0円ビジネスマッチング WizBiz(ウィズビズ)」

WizBiz:HOME >  ビジネスマガジン >  社長に聞く!in WizBiz  >  第15回 原 邦雄氏(株式会社スパイラルアップ 代表取締役)【前編】  詳細


第15回 原 邦雄氏(株式会社スパイラルアップ 代表取締役)【前編】

更新日:2017年08月23日

本日お越しいただいたのは、株式会社スパイラルアップの原邦雄社長。国内外150社以上で導入され、今なお業績アップ企業が続出している「ほめ育」のトップコンサルタントとしてご活躍中です。日本一のコンサルタントになるために他の人と違うことをすべく、コンサルティング会社勤務の後4年間ラーメン屋で働いた原社長の意図とは?このインタビューをお聞きいただければ、「何のために命を使うのか?」自分のミッションを振り返るきっかけになることと思います!
 

第15回 原 邦雄氏(株式会社スパイラルアップ 代表取締役)新谷:本日の社長に聞く!in WizBizは、ほめ育コンサルタントの原社長様でいらっしゃいます。まずは経歴をご紹介いたします。一般財団法人ほめ育財団株式会社スパイラルアップの代表をしていらっしゃいます。世界中の人達を輝かせることをミッションに財団を設立。日本はその教育メソッド、通称ほめ育を世界に広げていらっしゃるコンサルタントの先生でいらっしゃいます。

大手コンサルティング会社船井総研から、そちらを辞められてから飲食店の洗い場に転職し、4年間住み込みで現場を経験。その現場経験と脳科学、心理学をミックスさせ、子育て分野だけでなく、大人の自己啓発や185社以上の企業に導入されているほめ育のコンサルティングをされていらっしゃいます。それではご質問のほうを始めさせていただきたいなと思います。まずは最初のご質問ですが、ご出身は大阪でいらっしゃいますか?

:兵庫ですね。

新谷:兵庫県でいらっしゃいますね。小学校中学時代はどんな幼少期をお過ごしになられましたか?

:もう本当に走り回っていたイメージです。勉強はそこそこで、毎日友達と走り回っていたというか、相撲をしたり。山が近かったので山登りをしたり、本当に動いていたイメージがあります。

新谷:ガキ大将みたいな感じですか?

:そうですね。ガキ大将まではいかないかもしれませんけど、とにかく皆と一緒に走り回っていたイメージです。

新谷:なるほど。高校大学も関西の方面でいらっしゃいますか?

:そうです、関西です。

新谷:大学はどちらでいらっしゃいますか?

:大学は大阪工業大学。

新谷:理系でいらっしゃるのですか。

:そうなのです。僕は理系なのです。

新谷:見た目が理系っぽくないような気がするのですが。

:よく言われるのですけど、

新谷:何を学ばれていらっしゃったのですか?

:化学ですね、化学を。

新谷:化学ですか。今のお仕事と全然関係ないですよね。

:全然関係なくは実はなくて、分析というかロジックで組み立てるというのは、結構ほめ育にも重要なポイントです。

新谷:そうなのですか。化学のほうを学ばれてから、その化学の世界に行こうとは思われなかったのですか?

:大学4年間で僕は向いていないというふうにわかりまして。

新谷:そうですか。化学というと薬系とかいろんな系なのですけど。

:そうですね。

新谷:ご就職は全然違うところにされたのですか?

:食品会社に就職したので、そういう食品加工場とか、そこに商談するにはすごい有利でした。

新谷:そうですか。化学やっていらっしゃったのは食品加工とはちょっと近い分野で?

:近いですね。

新谷
:食品加工会社さんを辞められて、船井総研に行かれたのですか?

:辞めて船井総研に転職をしました。

新谷:それは辞められた理由は何かあられたのですか?

:営業でもっともっとお客様のために貢献したいなというふうに思っていたのですけれども、その当時会社もまだ伸び盛りでなかなかお客様に提案する材料がなかったのです。自分でいろいろな本とか読みだして。ちょうど船井総研のセミナーをお客さんと一緒に受けに行ったのがきっかけでした。

新谷:そのセミナーはどんなテーマでいらっしゃったのですか?

:経営者に対する指南するようなセミナーだったのですけど、本当にたくさんの経営者が真剣に聞いていて、しかも講師が私と同い年のコンサルタントでした。私はその営業の時に少し数字が良かったですから、同世代で自分よりすごい人間がいないのではないかなと少し天狗になっていたのです。でもこの同期の同い年のコンサルタントが堂々と経営者の前で喋っているのを聞いて、あぁまだまだ上には上がいるなと思って、そこからコンサルタントになる勉強をし始めました。

新谷:そうですか。では船井総研に入られたのは、同世代のコンサルタントを見て、自分もコンサルタントになろうと思ったのがきっかけということでいらっしゃいますね。

:そうですね、はい。

新谷:船井総研では何か思い出とかはございますか?

:本当に厳しくて、頭脳派集団に思えたのですけども、外から見たら。実は超肉体労働者で、もう本当に週に2、3回は徹夜していましたし、お客様のためにここまで真剣にやる仕事があるのかという、本当にまずは精神的なところを学びました。

新谷:そうでいらっしゃいますか。では今でいうとブラック企業みたいな感じですか。

:今でいうとですね。でも進んで皆やっていたので、強制ではなかったので、そこがまた素晴らしいなというふうに思っていました。

新谷:なるほど。原社長様の素晴らしい経歴が、船井総研さんは何年ぐらいいらっしゃったのですか?

:船井総研は2年弱ですね。

新谷:2年弱で辞められて、ラーメン屋さんに修行に入られたとお聞きしたのですけども。

:そうですね。もう1回現場に行きたいなというか、先輩から上司からもそういう指南もありましたし、日本一のコンサルタントになるためには他と違うこと、他のコンサルタントと違うことをしないといけないと。コンサルタントはやっぱり現場に行けないのです。体験はできても生活はできないですから。よしこれなら勝てるのではないかなと思って、人生の賭けというか、思い切ってそこに飛び込みました。

新谷:すごいお話ですね。ちなみに給与ってラーメン屋さんの時ってどれぐらいもらっていらっしゃったのですか?

:給与は月大体30万少しですかね。ボーナスもありましたし。ただ使わないのですよ。使う時間がないから、その4年間1番貯金できました。

新谷:そうですか。ということは、そんなに働いたということですか?

:そうですね。やっぱり週1日程度しか休みがなかったですし、その1日も盆とかお正月はなかったですから、使う暇がないというか。最高で月5000円しか使わなかった月がありました。

新谷:どうして5000円だけになるのですか?

:賄いは出るじゃないですか。住む場所もそのラーメン屋の2階に住んでいましたから、そこに住めますし。ですから使うものがないというか、飲み物もそこにありますから、一切使う暇がないというか。

新谷:すごいお話ですね。実際コンサルティング業からラーメン屋さんというと、普通の人は行けないですよね?

:行けないと思います。

新谷:大変失礼なお話ですが、キャリアを落としているイメージなのですけども、どうしてもそれに行こうと思った理由というのは何かあるのですか?

:やっぱり船井総研で上を目指そうとした時に頭の良い人というか、すごい人が多くて。これはのし上がれないというか、上にいけない、この実感ですかね…直感的に。でも僕は負けず嫌いなので、どこかの分野で1番になりたいと思った時にもうここしかないというか、そういう少し光が見えていたのもありました。

新谷:なるほど。ラーメン屋さんは何年ぐらいいらっしゃったのですか?

:4年2カ月いました。

新谷:なるほど。4年2か月後起業をされていらっしゃる、コンサルティング会社を創業されていらっしゃると思うのですが、起業をする前によしそろそろいけるなと思った瞬間というのは何かあられたのですか?

:お客さんから私に来てほしいというか、私の指名が入りだしたというのですかね。僕でも企業の役に立てるのかとか、業績アップの何かヒントをしっかりお金をもらって、それが業として成り立つのではないかなというのは、お客様から教えてもらいました。

新谷:なるほど。ではお客様がもう最初からいた感じでいらっしゃるのですね。

:そうですね。フィーは何やったか、価格はどうか別として、この渦というのですかね。お客様から支援される渦というのは感じました。

新谷:なるほど。