江戸の元祖広告宣伝媒体 南京玉すだれでビジネス展開
フナガイ企画代表/日本南京玉すだれ協会専務理事 八房善香こと舟貝政夫
更新日:2009年05月13日


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大道芸が趣味というと定年後の余技と思われがちですが、江戸時代の薬売りや雑貨売りなどがルーツで、広告宣伝のビジネスの一貫でした。舟貝さんは、「システムと考え方次第で大きなビジネスになる」と力説する。歴史がある分、まだまだ改善の余地があるとか――。
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八房流南京玉すだれ・大師範の舟貝さん。この肩書きを持つのは400人以上いる会員の中で3人だけ、ビジネスとして成功しているのも3人だけという厳しい世界だ。
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定年後、電気技術者の選択肢もあったが
――フナガイ企画はどのような事業をしていますか。
大きく2つあり、1つは南京玉すだれや皿回し、傘回しなどの大道芸企画と出演、もう1つがセミナー講師です。セミナー講師はさらにカルチャーセンターで南京玉すだれや三味線を教えるのと、私自身の経験を語るシニアライフセミナーがあります。ほかに日本南京玉すだれ協会の専務理事として渉外を担当し、玉すだれの故郷である富山県五箇山で隔年開催の全国選手権大会に向けて人集めや資金集め、地元との調整などを担っています。
――南京玉すだれを学ばれることになった、そもそものきっかけを教えてください。
電気系技術者として異動の多い職場にいた私は、40歳ぐらいから“一職場一趣味”をモットーに、各職場で素人名人の先輩に触発されて俳句や民謡三味線を学んできました。ある時、落語を聴きに行ったら後の余技として演じられた南京玉すだれにメインの落語以上に拍手が多く、「ああ、面白いな」と思って早速大道芸人の八房梅香に師事しました。会社で演芸クラブを作って施設慰問を行なっていたので、演目に取り入れようと思ったんです。
――でも退職後に事務所まで立ち上げるとは並の入れ込みようじゃありませんね。
5年ほど学んでひと通り芸を身につけた頃、社内の有志の新年会で披露する機会がありました。拍手してくれた社長に、「会社のイベントに私を採用してくれませんか?」と直訴したところ即OKになり、その後関西電力のオール電化キャンペーンに他社の芸人さんたちと共に出演させてもらうようになったんです。1度出演するとそれを見た人からお声をかけていただき、友だちも業界誌に売り込んでくれたりしてだいぶ仕事先が拡がりました。
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やはり元電気技師。舟貝さんの開発した“光る玉すだれ”
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――元の職場がらみで仕事することも可能だったそうですが、未練はなかったのですか?
定年後、現場の電気技術者になる選択肢もありましたが、私は管理的な仕事をしていたので現場仕事はあまり得手じゃなくて……。それよりも南京玉すだれを多くの人に見ていただく方が楽しそうだと思ったんです。でも起業した直接のきっかけとしては、元の会社からの支援が大きいですね。普通は営業で一番苦労しますから、すでに得意先があるというのは、とてもありがたかったです。 師匠も私が※“ひとりビジネス”するのを応援してくれました。
※ひとりビジネス:(中高年者が退職後)会社を大きくすることを目的とせず、自分一人で自分の好きなビジネスに関わっていく生き方。「生涯現役」「人生二毛作」がキーワード。


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舟貝政夫 |
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