業績悪化を機に退陣 異業種で第二の創業
更新日:2009年03月04日


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坂下さんは48歳で起業した会社の社長の座を64歳で実弟に譲り、翌年再び起業しました。多くの人が引退を考え始める時期にあえて起業したわけは……。
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お気に入りのロボットと。「この仕事にはお客さまの感動が直接わかる喜びがある」と坂下さん。
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当初は大阪のアキバでメイド喫茶でもと
――スプラウトではどのような事業をされてますか。
思い出の写真やビデオにナレーションやBGMを添えて映画のように編集する『DVD活動写真物語』、写真をコンピュータ処理してコメントをつけ、芸術的に仕上げる『巻物アルバム』の2つがメイン商品です。各家庭のアルバムの置き場所や劣化の悩みに対応、ご夫婦の歴史や冠婚葬祭、同窓会、発表会、旅行、趣味、子ども、ペットなど、永久保存版の“世界にひとつだけのDVD”をお作りしています。もちろん、企業様の依頼にも対応します。
――第二創業とのことですが、最初に会社を立ち上げられた経緯を教えてください。
私は48歳の時、脱サラして起業しました。最初は起業など考えてもいませんでしたが、入社した建設資材会社で補強土という、土に補強材を入れて垂直に立たせる特殊な土木技術の専門家になりました。当時フランスがもっていた特許を、その会社が日本での実施権を買い、私がその任に当たったということです。やがて別の人から一緒に起業しようと誘われ、私が技術を提供する形で独立。今度はアメリカの企業と提携しました。
――なぜその会社で社長をずっと続けることは考えなかったのですか?
もちろん、私が創業した会社だから可能だったと思いますが、会社の基盤ができ、後継も育ったと判断して、私は次の新しいことをしようと考えたのです。高給取りの経営陣が退くと経費も圧縮できますし。会社が軌道に乗っていたからできたことですが、自分が創業者だからこその決断でした。それに、私は新しいことに挑戦するのが結構好きなんですよ(笑)。
![]() いつでも持参して孫自慢ができるツールにと開発した“家宝”体裁の巻物。
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――次にどんな事業をするかはある程度考えておられたのですか。
全然。前職の終わり頃今の事務所を借り、退職後は気持ちを切り換えながらしばらく市場調査していました。当時、東京でブームとなっていたメイド喫茶も面白いかなと思い、大阪のアキバである日本橋へ5、6軒下見に行ったこともあります。しかし初期費用がかかりすぎることがわかり断念。やはり、今までの仕事の経験がその一部でも活かせるものが現実的と判断し、最終的に決めたのが今の事業です。


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| プロフィール |
坂下五男 |
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