経営不振に陥った下請け工場をヒバ製の浴室用品の製造で再建
ウッドジョイ
更新日:2009年01月20日
学校向け木工教材の企画販売会社のウッドジョイを経営していた高倉利光社長は、自社の専属工場が破綻寸前と知り、経営再建に乗り出した。民事再生法の適用を受け、第二のスタートを切る際に注目したのが、香り高く抗菌力を持つ青森ヒバ。桶やいす、浴槽のふたなど浴室用品の開発・販売に乗り出した。輸出も視野に入れて新たな勝負に意欲を燃やす。
20人いた工場従業員を最小限の5人まで削減
1997年春。福島県いわき市で学校向け木工教材の企画販売会社を経営していた高倉利光社長はがく然とした。商品製造を委託していた長木工芸が経営不振と聞き、同社の工場がある秋田県大館市へ車を飛ばして行って事情を尋ねると、大幅な債務超過に陥り破綻寸前だったからだ。「すでに債務返済の見通しが立たない状態でした」。高倉社長は当時を振り返る。
長木工芸は、高倉社長の会社に全製品を納入する下請け工場として創業した。長木工芸は、高倉社長の会社が企画・販売を手がける商品の大半を製造していた。長木工芸が倒産すれば、高倉社長の会社も致命傷を負う。危機感を抱いた高倉社長は、自身の会社の存亡を賭け、長木工芸を吸収合併する道を選ぶ。本社をいわき市から大館市に移転し、工場の経営再建に乗り出した。1億5000万円に上る負債を背負ってまで、工場の救済を引き受けたのは、安定した商品製造手段を確保するためだ。
商品の企画・販売には自信のある高倉社長も製造業は勝手が異なり、再建は困難を極めた。それでも、高倉社長は長木工芸の決算書を見て、経営悪化の原因をつかんでいた。人件費が膨らんでいることだ。
「なにしろ従業員が多すぎました。木工教材の出荷量は4月の入学時が多く、年間を通じて仕事量に大きな波があるのですが、最繁忙期に合わせた人数を雇っていました。パートやアルバイトも活用せず、閑散期にも人員を調整できずにいたのです」(高倉社長)
20人いた従業員を、工場稼働に最低限必要な5人に減らした。それでも、巨額の負債が重くのしかかる。固定費を削って営業利益はトントンまで引き上げたが、財務活動も含めた経常利益は確保できない。どう頑張っても不渡り手形を出して銀行取引停止という事態を避けられそうにない。
「もう無理だと思いました。私1人なら元の企画・販売の業態でなんとかやっていけるので、工場経営はやめようかと決断する寸前でしたね」(同)
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上/風呂桶、すのこ、いす、桶……。青森ヒバで製造した浴室用品一式。右/学習教材を作っていた機械があるから、比較的スムーズに量産体制を確立できた。左/5軸加工機が、職人が加工するように複雑な曲面を器用に削り出していく。
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プロフィール&会社概要
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高倉利光社長 1949年東京都生まれ。79年に千葉市で木工教材の販売会社を創業し、福島県いわき市に移転。自社商品の製造委託先であった長木工芸が業績不振に陥り、97年に経営を引き継ぎ、いわき市から現在地に本拠を移して再建を果たす。
【会社概要】 ■設立1992年11月 ■所在地〒017‐0024 秋田県大館市大茂内字諏訪下49-1 ■TEL 0186-48-7150 ■URL http://www.woodjoy.co.jp ■資本金300万円 ■事業内容学校向け木彫教材の製造・販売、青森ヒバ製浴室用品の製造・販売
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