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噴き出す民族問題 ― チベット暴動

更新日:2008年03月27日

チベットで噴き出す民族問題。異なる立場からの歩み寄りを考えました。


 
チベットは、遊牧民を僧侶や貴族が支配する封建体制が続いたが、人民解放軍進駐で土地革命をはじめ、社会の急速な改造が上から進められた。
チベットは、遊牧民を僧侶や貴族が支配する封建体制が続いたが、人民解放軍進駐で土地革命をはじめ、社会の急速な改造が上から進められた。
 
ラマ仏教は、チベットからモンゴルまで広い範囲に影響を持っており、中国政府としてもその力を無視できない。
ラマ仏教は、チベットからモンゴルまで広い範囲に影響を持っており、中国政府としてもその力を無視できない。

北京オリンピックを前に広がった暴動
──チベット人たちのいい分は何か


3月半ばから、中華人民共和国のチベット自治区や周辺の四川省、甘粛省、青海省の都市でチベット民衆や僧侶たちが暴動を起こし、人民武装警察(国境や重要施設警備、重大治安事件への出動を任務とする準軍事組織的警察機構)が各地で鎮圧する騒ぎがありました。
お隣のインドへ亡命しているチベット仏教の指導者ダライ・ラマ師は、チベット民衆に冷静に対処し暴力的行動を控えるよう呼びかけるとともに、中国政府に対して武力鎮圧の停止とチベット亡命政府との対話を進めるよう提案しました。

今回の事件は、報道によれば8月に迫った北京オリンピックの聖火の通り道になるチベット地方が世界の注目を集めることから、1950年以来、中国人民解放軍の進駐で中共政府の支配下に置かれてきたチベットの民族的独立をめざす動きを巻き起こして国際世論の支持を得たいとのチベット亡命政府支持派の中の急進勢力「青年会議」の思惑が背景にあったといわれています。

ダライ・ラマ師が中国政府との対話路線を呼びかけ、「分離独立ではないチベット人自治の拡大・強化」「旧来のチベット領だった雲南省や四川省、青海省などの一部をチベット自治区とする“大チベット”の実現」を主張しているのに対して、「青年会議」のメンバーたちは「チベットの文化的圧殺をめざす中国からの分離独立」を叫んでおり、その対立も深刻だといいます。

たしかに1950年、中国共産党が国民党に対して大局的に勝利を収めて中華人民共和国が成立した翌年に人民解放軍がチベットへ進出し、「封建的経済・社会体制の破壊と解放」を唱えてそれまで大きな権限を有していた貴族階級や僧侶たちを支配者の地位から引きずりおろしました。中国共産党はこれを「圧迫されたチベット人の解放」と呼びますが、そのようにチベット人たちが感じたかどうかは、たいへん怪しいものがあります。

1950年代に何度か蜂起や反乱が起こり、最高指導者の一人だったダライ・ラマ師はインドへ亡命。その後も1989年まで、何度も大きな騒乱が勃発し、その都度警察や人民武装警察が出動して鎮圧しました。この間のチベット人の犠牲者は、120万人にのぼるとの説もあるほどです。

「中華民国時代もチベットは中国領」
「暴動は華人市民に対するテロで鎮圧は当然」──中国側のいい分


今回の事件を新聞やテレビは大きく報道し、フランス政府は「チベットでの騒乱と当局による弾圧が続く限り、北京オリンピックの開会式典はボイコットすべきだ」と意思表示し、各国に同調を呼びかけました。中国当局が武力鎮圧を継続することに対して、米国政府も遺憾だとしています。

報道を見る限り、中国政府はチベット民衆を弾圧する抑圧者としての側面ばかりがクローズアップされています。しかし、それが事実だとしても、中国政府のいい分を深く掘り下げた報道や論評がほとんど見られないのは、いかがなものでしょうか。

「なぜ、いつまでもチベットで騒乱が続くのか」「解決の道はないのか」を探るためには、対立するそれぞれの意識をその見解の中から洞察しなくてはなりません。そうしてこそ、双方が納得できる道筋を仲介者としても提案していけるのです。

筆者は、中国政府関係者や経済人に今回の事件についての見方や、チベット問題をどう考えるのか、訊ねてみました。だいたい、現体制側に立つ人は、次のような見解を披瀝してくれました。

「暴動を起こしたチベット人を抑えることを外国の人や国外亡命したチベット人たちが“民主主義に反する暴挙”というが、昔のチベットは殿様や僧侶が政治的・経済的に支配体制を敷き、民衆を封建的に抑圧した地方権力だった。そんな昔を復古させようとする連中が、“民主主義”だなんて主張するのはおかしい」

「チベット支配者であるダライ・ラマを含む活仏たちが選ばれた後、それに承認を与えてきたのは中華民国以前の歴代中国政府がみんなやってきたことだ。チベットは、中華人民共和国以前から中国の実効支配下にあり、1950年の人民解放軍進駐は侵略ではなく、崩壊した国民党軍に代わって当地に赴いただけ」

「チベット人たちも最近の観光開発や資源開発の影響で相当豊かになってきた。一部には、いまだに華人(中華民族のこと)に対して妬みを持つ者がいるのは事実だが、圧倒的多数のチベット人は現政権を支持しているし、パンチェン・ラマなど8名の活仏のうちのダライ・ラマを除いた7名までが中国にとどまり政府を支持している。暴動は華人へのテロであり、犯罪行為で、鎮圧するのは当たり前だ」

政府指導者を含む中国人が、チベット問題をどういう観点で考えているか、その当否を別にして報道では窺い知れない内容があらわれています。一面から見れば、これらの見解にも筋が通っているようにも思えなくありません。

強者の論理では、民主主義的解決はあり得ない
弱く不満を持っている立場の意見をよく見ることの重要性


しかし、どんな騒乱や暴動でも、弱い立場の民衆がそれに参加している時には深刻な理由と背景があります。弱い者の立場を無視し、強い立場の者が「こうした方があなたのためなのだ。こちらのいうことに従いなさい」といっても、感情的しこりを拡大するばかりなのは明らかです。

土地柄や置かれた条件が異なれば、住民社会の経済的・政治的発展の度合いに格差が出ることは世界中を見て明らかです。遊牧と信仰が中心の生活を何世紀も続けてきたチベットの人たちが海沿いで海外とも交流しながら経済発展を遂げた中華民族の人々よりも経済的発展の恩恵を受けていないのは、当然のことです。だからこそ、後をすすむチベット人たちはいっそう、自分たちの手で自分たちの社会を作り上げたいとの考えを強めていくのだと思います。

国民党軍に代わって人民解放軍が進駐したということが、現在のチベットを中国の支配下に置いておく正当な理由になるとは考えられません。中華人民共和国は、中華民国の政権党だった国民党を中国共産党が軍事力で追い落として成立しましたが、こうした権力交代の時期、チベットが民族意識にめざめて独立志向を強め、それをめざすのは文化、言語が異なる民族間の営みとして当然のことであることは、世界各地の歴史の中で見られる教訓でもあります。

チベット人が自分たちの手で豊かな社会を手にしたいと考えることを、仮に先に進んでいるからといって中華民族が“指導”する立場で抑圧するという強者の論理では、チベット問題の民主主義的解決を永遠にもたらすことができないでしょう。そして、そんな意識に中華民族が立ち続けるなら、チベットのみならず他の中国内の諸民族(50以上あります)との関係もいずれ悪化し、中国自身の安定を脅かすことになりかねません。

まず問題の所在を共通認識にし、歩み寄りの糸口を真剣に探すことが重要

今回のチベットの事例は、そのあるべき解決の道筋、双方のいい分を考察することで様々な問題解決にあたっての参考とすることができます。今回、問題解決を複雑にしたのは、問題の所在を認めない中国側の対応に原因があるでしょう。

まず謙虚に事態を受け止め、問題を突きつけた側と意見を異にしても、軋轢が生じた以上は問題が存在するということを共通認識にすること。そして、様々な角度から一面的にならずに問題を時間の幅も見た背景分析を行ない、双方の歩み寄りの糸口を真剣に探すことが重要です。そのためには、強い忍耐力と思考の柔軟性が必要です。

チベットの問題を中国の姿勢の問題とだけ考えるのではなく、わが身に振り返って考えてみること、例えば日本人として考えた場合の中国人に対する態度(彼らの歴史問題についての日本への反発はどこから来るのかを考える姿勢)に置き換えたらどうかを想像してみるのは無駄なことではありません。

軍事ライター 古是三春