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若者が踊る“蟹工船ブーム”の危うさ
ワーキング・プアが自己の現実を投影して共感?

更新日:2008年12月11日

戦前のプロレタリア文学の代表作『蟹工船』は、長い間話題にのぼることもありませんでしたが、ワーキング・プア問題と結びつけられたことにより、にわかに注目を浴びています。
本稿では、「はたして現代のワーキング・プアは、“蟹工船状態”か?」という視点から、ブームの本質を考えています。


昭和初期の過酷な労働現場描いた『蟹工船』

戦前のプロレタリア作家、小林多喜二(1903〜33)の代表作『蟹工船』が今年前半から話題を呼んでいます。『蟹工船』は、日本プロレタリア文学の代表作として国際的にも知られていますが、戦後、ずっと年間数千冊程度しか売れない状態が続いていました。

ところが、今年に入ってからワーキング・プア問題が脚光を浴びるとともに、評論家が取り上げたことをきっかけに若い世代が注目し、かなりの冊数が売れたといいます。版元によれば、累計で200万部近くになるとかで、大変な勢いです。

『蟹工船』は、1920年代後半から1930年代はじめにかけての昭和初期を時代背景にしています。いわゆる「世界大恐慌」が日本をも襲っていた時代、オホーツク海で蟹漁を行なって沖合いで缶詰製造まで行なう大型漁船に乗る末端労働者や食い扶持を求める学生らが直面する悲惨な現実を描いたものです。不衛生な船室にひしめき合いながら、あらゆる欲望を抑えられ呻吟する労働者たち。それを人間扱いしない現場監督、北の海での過酷な労働を迫真の筆致で再現してみせます。

執筆当時、日本共産党員だった小林多喜二は、この作品で一躍脚光を浴びました。しかし、この作品の中で登場してきた日本海軍の艦艇と軍人たちが、船上ストに入った蟹工船労働者たちを容赦なく弾圧するエピソードを織り込んだことなどが特別高等警察の目をひき、小林が検挙後に過酷な扱いを受けて死亡する要因にもなったといわれています。

現代のワーキング・プアは、“蟹工船状態”か?

多くの評論家たちが、『蟹工船』が最近になってよく読まれるようになったのは、「ネットカフェ難民」に象徴されるようなワーキング・プア状態に世の若者たちの多くが直面し、自己を取り巻いている行き詰った現実を作品に投影して共感しているからだと解説しています。果たしてそうなのでしょうか?

『蟹工船』が描く末端労働者は、インターネットもテレビも、ましてコンビニエンスストアもないような時代に、それこそ「明日食べる米もない」状態で蟹工船に乗り込まざるを得なかった人々です。20世紀初頭にロシアに戦勝し、さらに第一次世界大戦(1914〜1918)には連合国の一員として参戦して列強の一員に仲間入りしたとはいえ、まだまだ、農村地帯を中心に日本全体が貧しい時代でした。

現在、フリーターとかいわれる若い世代のワーキング・プアとは何でしょう? 教育を受ける機会も恩恵も十分に受け、職業的なスキルを身につけるチャンスにも恵まれながら、自己の行く末を模索しながら当面の食い扶持を日々、短期雇用で得ている人が多数なのではないでしょうか。

確かに経済の激変やリストラの多発で、全国的に失業者も増えています。しかし、かなり経済状況が悪いといわれるなか、有効求人倍率の値は決して完全なる不調とはいえない状態が続いています。過去には、若い世代の労働力が支えていた技術系の現業、例えば自動車整備業などは、常に慢性雇用不足です。経営者の方の多くは、「募集しても、若い人が来ない。来ても続かない。確かに油に汚れたり、寒暑の厳しい場所で働いたりと辛い面も多い職場だけど、自動車社会の下支えとしてやりがいがあるし、収入もそこそこだと思うのに……」と嘆かれています。

物事は一面的に見てはいけませんが、ワーキング・プアに関連してよくいわれる「派遣の仕事は、きつくて給料が激安」だの「使い捨て」扱いだのという話は、世の中全体にあてはめられる現実ではありません。人材派遣という形態の労働スタイルがあるのは、「短期的に種類の違う仕事を経験して、スキルを高めたい」「まだ、進路が定まらないので経験を積むなかで考えたい」という前向き志向のニーズとともに「あまり生涯を縛られず、必要なときに働いて好きなことをする時間をとれるようにしたい」という考え方、あるいは「定職につきたくない」という漠然とした傾向のニーズにも応えたものといえます。

最初に人材派遣というスタイルがあり、“これしか選択の余地のない者”が「安く使い捨てされる」というように見ることは、根本的におかしいのではないでしょうか。

私がいいたいのは、果たしてワーキング・プアが余儀なくされたものばかりなのか、ということです。こうした現実を見るとき、これを『蟹工船』になぞらえることが大きな誤解を生むことになりかねないことは、明らかです。

しかし、こうした傾向が出ることは、広く社会全体で考えなくてはならない問題です。自分に誇りのもてるような仕事、職場環境を創出しているのか。自己の能力を発揮できるような職業教育、社会教育の場が十分に整備され、それが多様になったニーズに応え得るようになっているのか。もちろん、リストラや事故、地域社会特有の現象で余儀なく生み出された困窮には、社会全体がしっかりサポートすべきことは明白です。

私たちは、会社の仕事をも通じて、若い世代が働くことの意味、やりがいを考え、つかみとっていけるような取り組みに努めなければなりません。それが、ワーキング・プア問題を『蟹工船』に結び付けてしまうような、ある意味でお門違いな現象が教えるところだと思います。

「蟹工船ブーム」は
ポスト資本主義、共産主義運動の追い風とはならない

ところで、最近の政局をめぐっての話題で、「蟹工船ブームが、日本共産党に“追い風”となる可能性がある」などともいわれています。資本主義経済が労働者に強いる“過酷な現実”を変えていく勢力=共産主義政党にワーキング・プアの期待が集まるのでは、ということですね。

これは、歴史と現在の政治状況を見るなら、まったくの誤解としかいいようがありません。

まず第一に、これは支持されている方もあるのではと思いますが、日本共産党は現在、「資本主義の枠内での改革」を唱える日本議会政治のなかで安定した地位をもった政党であるということです。小林多喜二が共産党員であった時代のように「国の体制を根本から革命で覆す」とか、「対外戦争を内戦に転化する」というような日本社会のドラスティックな変革を唱えている政党ではありません。

したがって、日本共産党が現在打ち出している政策は、与党を含む他の政党と比較して選挙での選択肢として検討されるべきものですが、決して人材派遣とか、フリーターのようなワーキング・プアを多数かかえている日本社会を性急かつ根本的に変える方策を提案しているとはいえないでしょう。ひと言でいって、『蟹工船』に自己の現実を投影させるようなワーキング・プアの人々の期待を集め、これにすぐ応え得るような政党ではないのではないかということです。

第二に、歴史的な社会主義、共産主義の実験が失敗していることです。1991年のソ連崩壊は、「労働者が主人公」といわれながらも現実は「高級官僚による計画的市場支配」だった社会主義経済が、資本主義よりも硬直したシステムの破綻をきたしたことが主な要因です。ソ連社会では、時代によって強弱はありますが今日の日本のような民主的権利が国民に保障されることはなく、かえって当局ににらまれて収容所に送られて事実上の“奴隷労働”を強いられた人々が多数にのぼりました。

中国においては、共産党政権が続いているものの、本質的には社会主義的経済システムが否定され、「市場経済導入」という名の資本主義化が大規模に進行しています。現在、この自由を前提とする経済基盤と民主主義に反する共産党独裁に起因する政治腐敗との矛盾をどうするかが課題となっており、あわせて所得格差の拡大は日本など問題にならないほどの規模です。ここにはワーキング・プアの人々が期待をかける手がかりすらありません。

“蟹工船ブーム”については、かつて日本共産党のナンバー4といわれた元参議院議員・党政策委員長の筆坂秀世さんが次のように書かれています(月刊『正論』2008年11月号 「“上げ潮”日本共産党の虚実」より)。

「『蟹工船』ブームは事実だし、マルクスが注目を集めていることも事実だ。……問題は、それが科学的社会主義でいう史的唯物論、すなわち資本主義の自己矛盾が激化し、必然的に社会主義へ移行せざるをえないという「法則」なるものへの共感なのかどうか、というころである。……共産党にとっての難題は、それが社会主義への憧憬、社会主義への展望とまったく結びついていないことだ。その責任は日本共産党自身にもある」(103ページ)

「……『蟹工船』はそもそも共産党のことを語った作品ではない。資本主義の残酷さと、そこでの自然発生的な労働者の闘いを描いたものだ。したがって、そもそもこの小説が共産党への入党の入り口にはならないのである。ではなぜ売れるのか。マルクスもそうだが、要するに資本主義の無慈悲な仕組みを知るのに格好の素材だからである。資本主義の仕組みを知るということと共産党への入党、社会主義革命との間には、依然として高い壁が横たわっているのである」(104ページ)

筆坂さんのおっしゃることに興味をもたれたなら、最近刊行された新著『悩める日本共産党員のための人生相談』(新潮社 \1100税別)やベストセラーになった『日本共産党』(新潮新書 \680税別)をお読みになるといいでしょう。“蟹工船ブーム”の本質を知り、また日本政治の底辺の現実を理解する上で有益だと思います。

残念ながら、共産主義というものがワーキング・プアの現実を解決する見通しがないというのが本当のところのようですね。しかし、先にも述べましたように、ワーキング・プア問題は、日本のあらゆる企業、働く人々が解決に向け考えなくてはならない問題です。

共産主義の現実はどうあれ、日本共産党をはじめ日本の各政党もこの問題について、何らかの解決方向を示していくべきでしょう。そのなかで共通する方向が出てくるなら、手を携えて国全体の利益のために頑張ってほしいものです。

文:古是三春(キャトル・バン)