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目から鱗が落ちる
元参議院議員 筆坂秀世

更新日:2008年06月26日

朝礼ネタ110番特別編は、元参議院議員の筆坂秀世氏によるコラム。密接に絡み合いながら日々刻々と変化するビジネスと政治を筆坂氏はどのように見ているのだろうか。直接人柄を知る与謝野馨氏の著書『堂々たる政治』などを題材にいまの政治と経済を語っていただいた。



「目から鱗(うろこ)が落ちる」という言葉がある。私も時々使う。何らかのきっかけで急に物事の本質や真相が分かるようになるという意味だ。これがキリストの奇跡により盲目の男の目が見えるようになったという新約聖書にその語源があることを、恥ずかしながら最近初めて知った。

キリストの奇跡のような出来事に出合ったことはないが、本を読んだり、人と話をしていると、「なるほど、そうだったのか」と長年胸の奥底でわだかまっていたことが氷解し、膝を打つことは少なくない。浅学非才の私などは、とくに多いのかもしれないが。

なぜ経済予測は当たらないのか

私は、月に一回程度、大阪読売テレビの「たかじんのそこまで言って委員会」に出演している。関東を除けば北海道から九州までほぼ全国ネットで放映されている。三宅久之さん、桂ざこばさん、宮崎哲弥さんらがレギュラーで、橋下大阪府知事もレギュラーだった。日曜日の午後一時半という放映時間にもかかわらず平均視聴率が20%近いという人気番組だ。この番組である時、選挙の当落予測や経済予測が当たらない政治評論家、経済評論家(アナリスト)のことがテーマになった、というか要するにぶっ叩くことが主眼だったのだが。

たしかに、政治評論家、経済評論家の予測ほどあてにならないものはない。なかには、毎年、「今年こそは未曽有の好景気」とぶち上げ、詐欺商法を繰り広げている経済評論家もいる。ただ経済見通しが当たらないのは、無責任な評論家、アナリストだけではない。政府やシンクタンクの見通しだって同じだ。

最近読んだ本に本山美彦京大名誉教授の『金融権力』(岩波新書)がある。非常に面白い。サブプライムローン問題というのが、金融が社会的に必要なものを作るために金を融通するという本来の役割を離れて、強欲な金銭的欲望だけでカネがカネを生むシステムを作り出してしまったアメリカ経済と経済学にその病根があることを鋭くえぐりだしている。

この本で私がとくに注目したのは、「将来の不確実性に対応できない経済学」、という指摘である。経済統計には、じつに多くのものがある。国民所得、固定資本投資、貿易収支、雇用統計等々である。しかし、これらは「社会そのものを完全に写し取ったものではない」という。たしかに、個人消費の関連指標を例にとれば、家計調査は二人以上世帯、単身世帯と二分して調査されているが、サンプル世帯は全国でそれぞれ8000世帯、700世帯にすぎない。経済学というのは、このようにもともときわめて不完全な指標、知見の上に打ち立てられているにすぎないというわけである。

しかも経済の場合には、自然科学のように繰り返し実験を行うことはできない。インフレだ、デフレだといってもすべてが一回こっきりの現象である。まったく同じ現象の反復はない。したがって、そもそも簡単に統計数字で確率をはじきだし、将来を正しく予測することは不可能なのである。

ところが人は誰でも、精緻そうに見える数字や統計には弱い。もちろん信じてよい数字や統計もあるだろうが、数字は数字だ。「金融権力」というタイトルも、アメリカでは金融界の大物と財務省、会計事務所に格付け会社、アナリストに証券会社、法律事務所に政治家、このすべてが結びつき金融権力を形成している。日本の天下りどころではない、という。この金融人脈の分析なしに、財務諸表とにらめっこしていても深層はわからない。経済は、数値化できない人間が動かしているということだ。

本山教授は、数字を補うものが歴史だという。ある現象の原因ととった対策のその後、つまり前史と後史を知るということだ。まったく私流に解釈すれば、「経験」と「教訓」を侮ってはならないということだとおもう。

消費税と政治家

いま売れている政治家本に、与謝野馨さんの『堂々たる政治』(新潮新書)がある。与謝野さんとは、因縁がある。私は参議院議員になる前、80年代から90年代にかけて衆議院の東京一区(千代田区、港区、新宿区)から三度衆議院選挙に立候補したことがある。与謝野さんは、当落を競った相手であった。と言っても私は三度とも落選で、先方は相手にもしていなかったと思うが。

だからというわけではないが、私がいまもっとも注目している政治家の一人が与謝野さんだ。数百人もいる国会議員のなかで、この人ほど含蓄のある言葉を語れる政治家はいない。わずか30日間の安倍内閣官房長官であったが、ニュースの時間に彼の記者会見のコメントを聞くのが、楽しみだった。官房長官というのは、たしか毎日二回定例記者会見がある。彼はこの記者会見で、ともかく「嘘を言わない」ことを心がけたと言う。「当然じゃないか」と思われるかもしれないが、これほど難しいことはない。

ある問題について煮詰まっていれば、官房長官ではなく総理自身が語ればよい。煮詰まっていなければ、勝手に喋るわけにもいかない。かといって何も喋らないのであれば、記者会見にならない。ましてや官房長官の場合には、政治的問題だけではなく、文字どおり森羅万象について記者からの質問を浴びせられる。本当のことも言わないが、ミスリードもしない。機知(ウイット)も求められる。これを見事にこなしたのが、与謝野さんだった。

この与謝野さんは、消費税増税派と目されている。実際、消費税を社会保障税にして10%程度にまで引き上げてはどうか、と提案している。その理屈として、消費税には逆進性はあるが、それが社会保障財源として再配分されるなら、逆進性は相当程度緩和されるのではないか、という。

私も最近、年金生活者からこんな話を聞いた。月当たり5万円強の年金から、介護保険料、医療保険料を差し引かれると残るのは、3〜4万円だ。率にすれば20%以上にもなる。これぐらいなら消費税を引き上げて、年金からの天引きを止めてほしい。年もとって無駄な買い物などしないから、その方が余程楽になる、というのだ。厚労省が裏で糸を引く社会保障国民会議の増税試算は論外としても、この声には耳を傾けるべきであろう。

私は、与謝野さんの主張に全面的に同意するものではないが、消費税増税を正直に語る姿勢は、政治家として共感できる。『堂々たる政治』という本のタイトルも、耳障りなことも堂々と言う、という趣旨からつけられたものらしい。

なぜなら、いまの日本の財政状態を考えれば、それが何税であれ、増税は不可避というのがすべての政党の立場だからだ。

民主党は、いま無駄の削減に政策・主張の力点を置いている。それはそれで結構だと思う。長年の自民党政治のもとで、政治家、官僚、経済界のトライアングルのもとで、おそらく我々が想像する以上の無駄、浪費がある。これを白日の下にさらすことに成功すれば、国民は拍手喝采するであろう。だがそれでもそれだけでは、財政は再建できないところまできている。いずれ増税という道は避けられない。共産党や社民党も消費税増税には反対だが、法人税、所得税の増税には賛成だ。「どこから増税するか」、政党は選挙目当てではなく、堂々と語り、論争してもらいたい。

『堂々たる政治』に戻ろう。政治家は方向性を間違わなければよい、結果については責任を取る。それさえできれば、あとは酒を飲んで遊んでいてもよい、と与謝野さんは言う。同感だ。久し振りに政治家らしい言葉を聞いた。なぜか心持ちが好い。

プロフィール

元参議院議員 筆坂秀世氏元参議院議員 筆坂秀世
1948年兵庫県に生まれる。県立伊丹高校卒業後、三和銀行に入行。25歳で銀行を退職し、国会議員の秘書となる。1995年参議院議員に初当選。2003年議員辞職。06年『日本共産党』(新潮新書)を上梓。ベストセラーとなる。現在は、テレビ、雑誌等など各メディアでの言論、執筆、講演活動を旺盛に行っている。

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