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今日は何の日 10月23日

更新日:2010年10月19日

 

1703年―関東地方に大地震

午前2時頃、M8.1と推定される大地震が関東地方を襲った。これが「元禄大地震」。三浦半島や房総半島南部で震度7、江戸では震度5〜6だった。江戸から東海道に沿って小田原・箱根まで、家屋が倒壊するなどで甚大な被害が出た。地震後に伊豆半島東岸から相模湾、房総半島に津波が襲来。外房にある茂原の9カ村では2500人余が死亡した。

1872年―最初の尋ね人広告

この日、新聞『新聞雑誌』に新聞という活字媒体初の「尋ね人広告」が出て話題となったそうだ。「・・・4〜5年前より絶て音信なく、当時何の目的の地に住居せるや其従跡を知る者あらば、私店へ報知あらん事を希ふ」という東京日本橋の釘店の人からのものだった。発見に至ったかどうかは不明である。

1917年―浅草オペラの人気沸騰

この日、東京・浅草公園の日本館で東京歌劇座が常時公演を開始した。演目は和製オペラ「カフェーの夜」などで、作詞・作曲は佐々紅華。前年から浅草ではアメリカ流のオペラが上演されていたが、和製オペラは分かりやすさもあって開演前から長蛇の列ができる人気に。関東大震災まで浅草オペラ隆盛は続く。

1937年―中原中也(享年30歳)没す

黒いソフト帽をかぶり、あたり構わず、つばを吐いた詩人は午前零時10分、結核の悪化による急性脳髄膜炎で亡くなった。若かりし頃、同棲していた女優を奪った友人・小林秀雄は病室に詰めきりで看病した。詩が認められず酒に酔っては他人に絡んだが、死後、昭和前期を代表する詩人と評される。

1949年―前田山事件

第39代横綱・前田山が引退した。病気で秋場所を途中休場中に後楽園球場で日米親善野球を見物していたことが、新聞に写真つきで報道されてしまったことが原因。日本相撲協会から「横綱にあるまじき行為だ」と批判され、泣く泣く引退勧告に従ったもの。前田山は大の野球ファンだったとか。

1949年―戦後初の赤ちゃん審査会

この日から東京・上野松坂屋で戦後第1回目(通算16回目)の赤ちゃん審査会が開催された。主催は日本児童愛護連盟。戦後の食糧不足を象徴して地方の農家の参加が目立ち、以前は圧倒的だった都市部のサラリーマン家庭はぐっと減少。審査は5日間続き、参加者5000人のうち丸々太った700人には賞状が渡された。

1956年―ハンガリー動乱

ハンガリーでは戦後、経済回復さえできずに国民の不満は高まっていた。この日、ブダペストに労働者や学生、市民が集まり、ソ連の傀儡・ゲレー政権への反政府暴動を起こした。ソ連の支配と共産主義政治の終焉を要求して、政府関係の施設などを占拠。夜になって秘密警察とデモ隊が衝突する。翌24日にはソ連軍が鎮圧に乗り出すことになる。

1958年―松川大行進、仙台出発

1949年の松川事件で逮捕・起訴された元国鉄職員ら20名のうち17名が、1953年の二審判決で有罪となった。この日、吉川英治など著名な作家・知識人が支援する松川事件対策協議会主催の「松川大行進」が、被告らが収監されている宮城拘置所を出発。全員無罪を訴えながら歩き、11月5日に東京に到着する。行進参加者総数は何と15000人!