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今日は何の日 11月26日

更新日:2010年10月21日

 

705年―則天武后(享年81歳)没す

「中国の三大悪女」と呼ばれるようになる中国史上唯一の女帝が死んだ。唐の太宗皇帝の妾だったが、太宗が死ぬと息子の高宗を誘惑して妾に。そして皇后を殺し、自らが皇后におさまって皇帝に変わって政治を行なう。その後、恐怖政治をしき反対勢力を徹底的に掃討。かくして独裁者の権化となって生を全う。

1086年―白川上皇が院政開始

この日、白河天皇は8歳の皇子・善仁(たるひと)親王を新皇太子に立てて、自らは退位して自己の系統への皇位継承を強行した。日を同じくして、新東宮・善仁は即位して堀河天皇に。これが白川上皇による43年にわたる院政の始まり。政治の実権を握り続けた白川上皇が下痢を起こして翌日に急死するまで続く。

1904年―二〇三高地に死屍累々

この日、乃木希典(56)大将は中国・旅順要塞への3回目の総攻撃を開始した。第1回目は約1万6000人の、第2回目は約3800人の死傷者を出していたが、この日の戦況も悪化。28日からは乃木に代わって児玉源太郎(53)が指揮を執る。その後、接近戦の攻防の末に旅順陥落。しかし二〇三高地には死屍累々となった。

1906年―満鉄、発足

この日、東京の神田青年会館で寺内正毅(まさたけ)陸相を議長とする南満州鉄道株式会社(満鉄)の創立総会が開かれた。初代総裁に、前台湾総督府民政長官の後藤新平が就任。満鉄は日露講和条約でロシアが日本に割譲した旅順―長春間の鉄道と、それに付随する利権をもとに設立された。日本の対大陸政策の柱となった。

1949年―夕刊紙の復刊

この日、『夕刊毎日新聞』と『夕刊読売』(紙面の日付は11月27日)が復刊された。戦時中から続く紙不足で夕刊紙まではまかなえなかったが、非統制品の仙花紙(くず紙+パルプの再生紙)の質が向上して印刷に耐えられるようになったから。30日には『夕刊朝日新聞』も発行。夕刊紙発刊ブームが到来した。

1957年―小河内ダム完成

1938年に着工し、戦時中は工事が中断していた東京の小河内(おごうち)ダムがやっと完成した。多摩川上流に建設された多目的ダムであり、水没地の住民の立ち退き問題をモデルに、石川達三が小説『日陰の村』を書いたために有名になった。この日は完成記念の切手が発売された。

1998年―トキのつがいが日本へ

絶滅の危機を迎えていた日本のトキ。一方、中国では繁殖に成功して数が増えていた。この日、日中友好条約締結25周年を記念して来日した中国・江沢民国家主席が日本にトキのつがいを贈ると発表。99年1月30日には佐渡トキ保護センターに「友友」「洋洋」が到着。繁殖は成功、80羽に増えている。