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今日は何の日 11月21日

更新日:2010年10月21日

 

1700年―綱吉先生、講義終了

学問好きで有名だった将軍綱吉(55)が江戸・湯島聖堂で行なっていた「易経」の最終講義を終えた。足かけ8年続いた講義は240回を数えた。大名や旗本、僧侶などに聴講が許されており、最終日のこの日は終了を祝って聴講者たちに銀や刀が授けられた。

1935年―築地市場に魚類部

1933年に完成した東京築地の中央卸売市場に魚類部が新設されて、この日、魚河岸の小売商11団体の約1万人の業者らが入場行進を行った。先頭を歩くのは第15代東京市長の牛塚虎太郎と2人の助役。行進曲を奏でる楽隊も隊列に並び、にぎにぎしい入場となった。23日には開業式が行われ、そのあと初セリが開かれた。

1938年―少年警察官登場

この日、大阪府警察部に少年警察隊が誕生した。17歳から20歳までの少年たち95名は9署に配属され、内勤事務補助や連絡係として活躍。日中戦争下とあって成人男性は徴兵で戦地に赴き、警察官不足が続いていた。その解決策として生まれたアイデアだったが、後に警視庁などでも少年警察官を採用した。

1939年―照国丸の沈没

欧州航路豪華貨客船の照国丸(日本郵船)はこの日の午後零時53分、イギリス東海岸で機雷に触れて爆発沈没した。カサブランカからロンドンへの航海の途中だった。乗客28人、乗員177人は英軍掃海艇に救助されて無事。9月の欧州戦争勃発後、英独両軍が機雷を敷設していたが爆発した機雷の所属は不明となった。

1950年―重光葵の出所

極東国際軍事裁判で有罪となり、巣鴨プリズンに服役していた元外相の重光葵(まもる)。服役態度が優秀だったという理由で11月8日に仮釈放が発表されていた。そしてこの日、重光は長女ら出迎えの家族と共に4年半ぶりに自宅に戻った。これがA級戦犯の初出所。のちに重光は外相に返り咲き、日本の国連加盟に尽力した。

1951年―食卓用味の素

この日、味の素株式会社は食卓用ふりかけ瓶30g入りを95円で発売した。1908年に池田菊苗がグルタミン酸ソーダを発見して商品化して以来、缶や瓶から小さなスプーンですくって取り出す方式の商品だけだった。ふりかけ式の瓶の登場で、食卓で直接お惣菜に振って食べられるようになり売り上げは大幅増。

1956年―会津八一(享年75歳)没す

『鹿鳴集』で知られる歌人であり『夕刊ニイガタ』(現・新潟日報)元社長の会津八一は、疎開した故郷の新潟に戦後も住み続けていた。55年春から体調を崩し、日課にしていた散歩にも出られなくなり、新潟大学付属病院に入院。心臓冠状動脈硬化症の診断が下り、病院あげての治療が行なわれたが午後9時48分、逝去した。