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冬季五輪後に思う「日本の心」

更新日:2010年07月06日

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※月刊ベンチャー・リンクバックナンバー(2010年5月号)よりお届けいたします。


 

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少し前だが、バンクーバーオリンピックでスノーボード・男子ハーフパイプの国母和宏選手、相撲では元横綱朝青龍が、話題になった。わたしは、両者の問題は通底するものがあると思っている。「日本の心に対する無理解」という意味においてだ。

個人的には二人が嫌いではない。国母選手はとてもファッショナブルだし、若い頃なら「スノーボーダーならあれが普通。見かけはどうでも演技がよければいいではないか」と思っただろう。朝青龍のヒール的なところも魅力に感じ、引退など不要と考えたに違いない。

しかしある会合で内舘牧子さんの発言を耳にしたとき、わたしは納得せざるを得なかった。内舘さんは「相撲は技だけでとるものではない。勝った時は敗者を 慮 り、負けても激することなく、礼節をもって土俵に上がることが大切。いくら強くても、きちんとした精神性を身に付けていなくて、横綱として認められない」といったことを仰っていた。まさにその通りであろう。

「人は見かけで判断してはいけない」という考え方もあろうが、実は人は見かけである。見かけが乱れた人物から何かを学ぼうとは人は思わないし、人間、仕事や技の習得に命掛けで必死になっていれば、わざわざ奇抜な格好や振る舞いをする余力はなくなる。人が、誰かの技に評価を下す時、見かけのよくない人間に点が辛くなるのは、そういう現実を知っているからだろう。

日本人は「個性」を否定しているわけでなく、そのもっと先にある深い「心」の円熟を求めているのだと思う。日本人にとっては、スポーツも古来の武道の一環で、技と心がともになくてはならないのだろう。だから、オリンピックという国を背負って世界に出て行く時も、そんな心を表現する服装を求められる。横綱には横綱らしい品位ある振る舞いが求められる。

そのことを周囲が本人に教えるべきだった。彼ら自身もそれなりの技を身に付けた人間として、自分で気付くべきだった。ただ、現代日本では実際にそういう気付きを得る修養の場が非常に少ない。

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著者プロフィール

さかもと未明
1965年神奈川県生まれ。玉川大学文学部卒。商社OLを経て89年に漫画家デビュー。レディースコミック誌を中心に活躍、2000年には作家としての活動も開始。作品は硬軟問わず幅広い。著書に『マンガ ローマ帝国の歴史1〜3』(講談社)、『未明日記ハイパー』(芳文社)など