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上海は淘汰される都市になる?
〜莫邦富的視点〜21世紀の大国・中国を見つめる〜

更新日:2015年07月09日

35年前、中国の主要都市を紹介するときは、まず「京津滬」と言われたという。上海出身の著者は、上海は淘汰されるのではないかと憂いているが……。
 


 
莫邦富氏
 
 
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「珠三角」「長三角」をネーミングし損なった口惜しさ

自分で言うと何だが、作家活動を始めたのはかなり早かった。1970年、17歳(厳密に言えば16歳半)で生まれ故郷の上海を後にして旧ソ連との国境地帯である黒竜江省の国境の近くに強制移住させられた。翌年に、その農村移住をテーマにした詩が発表された。それは私の処女作となった。

1985年、留学のため、日本に来たとき、中国ではすでに作家活動して長く、作品もそれなりに出ていた。しかし、日本語をツールにした私の作家活動が正式に始まったのは、7年後の1992年だ。

1997年の香港返還までは、私の関心は海外に居住している中国人たちだった。早期の作品は1978年改革・開放時代を迎えてから海外に移住した中国人の明暗に焦点を絞った『新華僑』、『蛇頭』などがある。そのため、新華僑という人種を定義してその呼び方を固有名詞として定着させた。日本語にも新語として定着したのだ。うぬぼれかもしれないが、そのため、時々、「新華僑の名づけ親」と呼ばれている。

しかし、1997年7月、香港返還の式典を実況中継するフジテレビの現場スタジオで、心の中でこれから追おうとする新しいテーマを決めた。中国本土の経済の最前線に行こう、そこで起きている変化を海外へ伝えよう、と。それ以来、私のジャーナリストと作家活動の中心は今日までずっとこのテーマのままである。もちろん、そのための実際の取材活動はもうすこし早い時点ですでにスタートしていた。

その第一弾とも言える報道は当時、テレビ朝日にあった鳥越俊太郎さんがキャスターを務める『ザ・スクープ』だった。香港返還をテーマにした報道特集だったのに、取材の舞台は上海近くにある蘇州と香港に近い広州だった。中国経済の動きはこれからこの2つの都市が代表するエリアを見るべきだという私の主張が色濃く反映された特集ということができる。のちに、珠江デルタ経済圏、長江デルタ経済圏、さらにそれを省略した言い方として「珠三角」「長三角」という固有名詞が生まれたのを見て、ネーミングまで考えなかったことを悔しく思っていた。

この頃から中国本土の都市間の競争が激しくなったと理解していいだろう。

都市間競争に負けそうになっている上海

その競争の狼煙がまず中国の主要都市間で上がった。

35年前、中国の主要都市を紹介するときは、まず「京津滬」、つまり、北京、天津、上海(滬<フ>は、上海の略称)を言う。そのいずれも直轄市である。いまは「京上広」つまり北京、上海、広州と変わった。広州はただの省都だ。直轄市のランクまでは行っていない。天津市が消えて久しい。都市間の競争に、南の都市が勝ち、保守的な北方が大きく後れを取っている。

その新しい順位もいまやまた変わろうとしている。これからは「京上深」つまり北京、上海、深センになるかもしれない。深センの成長と飛躍が賞賛できるところが多いと私も実感している。

しかし、経済特区という視点から見ると、中国の5つの特区の成敗率は大きすぎるほど大きい。深?を除いたほかの経済特区はいまやもう存在感がまるでない。競争の舞台も競争の内容も大きく変わったため、容赦なく淘汰されたと理解していいだろう。その典型は汕頭(スワトー)だと言えよう。いまは2流都市にもランキングされない落ちこぼれの町となった。

勝ち組にずっと残っているように見える上海、北京も同じく厳しい試練を受けている。2014年9月、西祠胡同サイトから発信された「上海は左へ、深せんは右へ」と題されたトピックがネットで話題となった。12年前の深センには上海に移転したいと考える大企業がたくさんあったが、結果としては上海では一社も残らなかった。上海を振り返ると、世界的な企業となるような民間企業は見当たらず、国有企業や外資系ばかりである。

アリババは杭州、華為(ファーウエイ)は深セン、小米(シャオミ)は北京、といった具合に、いまや中国を代表する主要企業のいずれも上海に地盤を置いていない。もう少し前まで話題になっていた企業もその例外ではない。たとえば、ハイアールは青島、レノボは北京、自動車の奇瑞(チェリー)は蕪湖、長城は保定、吉利(ジーリー)は杭州、という現状だ。

このように見て行くと、上海の行方を思わず心配してしまう。こうした都市間の競争の激しさは日本では見られない現象だ。一方、これは中国経済の面白さと活力でもあるのではないか、と思われる。それにしても、わが故郷の上海に、もっと頑張ってもらわないといけない。その思いに駆られている。

著者プロフィール

莫 邦富(Mo Bang-Fu)
1953年中国・上海生まれ。上海外国語大学卒業後、同大学講師を経て、85年に来日。知日派ジャーナリストとして、政治経済から文化にいたるまで幅広い分野で発言を続け、「新華僑」や「蛇頭(スネークヘッド)」といった新語を日本に定着させた。 『蛇頭』『中国全省を読む地図』、翻訳書『ノーと言える中国』がベストセラーとなり、話題作には『日本企業がなぜ中国に敗れるのか』『これは私が愛した日本なのか』『新華僑』などがある。 現 在、三井住友銀行グループ・SMBCコンサルティング会報誌の中国ビジネスクラブにて「データから見えてくる、これからの中国マーケット」、ダイヤモン ド・オンラインにて「莫邦富の中国ビジネスおどろき新発見」、時事通信社の時事速報にて「莫邦富の『以心伝心』講座」などのコラムを好評連載中。 博報堂スーパバイザ。SMBCコンサルティング顧問。三菱UFJ信託銀行業務顧問。山梨県観光懇話会委員。石川県中国インバウンド研究会顧問。大妻女子大学特任教授。
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