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一本のバナナを四人で分けるハイアール創業時のエピソード
莫邦富的視点〜21世紀の大国・中国を見つめる〜

更新日:2013年07月03日

冷蔵庫やエアコンなどの白物家電の製造・販売では世界トップメーカーに成長したハイアールに対して、昨年夏から10年ぶりに集中的に取材を行なった。ハイアールホールディング会社の取締役でもある韓振東氏にも10数年ぶりに再会し、そのインタビューをとった。
 


 
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背水の陣で海外へ派遣された4人

冷蔵庫やエアコンなどの白物家電の製造・販売では世界トップメーカーに成長したハイアールに対して、昨年夏から10年ぶりに集中的に取材を行なった。ハイアールホールディング会社の取締役でもある韓振東氏にも10数年ぶりに再会し、そのインタビューをとった。

ハイアールの前身は青島冷蔵庫総廠だったが、それも小さな電器製品を作る日用電器廠と工具を製造する工具四廠という二つの小さな工場が合併してできた会社だった。1976年に、日用電器廠に就職した韓氏は、その合併によって青島冷蔵庫総廠の社員になり、品質課長を担当していた。

当時の状況をよく知っている韓氏から、ドイツの技術を導入するときのエピソードなどを聞き、創業時のハイアールの歩みを確認することができた。

「ご存じのように、中国は昔、計画経済をやっていた。私たちが製造した製品は全部、政府が買い上げてくれた。しかし、1980年代に入ってから、中国は計画経済から市場経済に移行し始めた。すると、政府は買い上げをしてくれなくなった。作ったものを自分たちで市場に売り出さなければならなくなった。1984年末の時点で、赤字が140万元に達した。あの頃の月給はだいたい40〜50元ぐらいだったので、すごい赤字だった」

ハイアールは冷蔵庫の製造技術などを海外から導入することに踏み切った。1985年5月に、技術導入先の西ドイツのリープヘル社に、研修のため、4人の幹部を出した。年間20万台の冷蔵庫を製造できる生産ラインと技術を導入するために、普通なら最低でも研修に10人は出さないと、と言われたが、ようやく調達できた資金をできるだけ節約するため、その研修に、当時、技師長を務めた楊綿綿さん(後にハイアールの総裁となった)、デザイナー、組み立て担当と品質管理課長の韓氏の4人しか派遣できなかった。その代わり、通訳はそれぞれ一人ずつつけることにした。研修現場でしっかりと学ぶべきものを身につけるための措置だった。

社運を背負い込んだ必死の海外研修

リープヘル社で研修したときの写真を見せながら、韓氏は感慨深い表情で当時を振り返った。

「中国を出る前に、大きなプレッシャーを覚えた。張瑞敏工場長から、『君たちは、工場の800名の従業員たちの期待と信頼を背負っている。冷蔵庫の製造技術、特にドイツの職人意識などもしっかりと学んできてください』と言われた。その期待を裏切ってはいけないと思って、ドイツの現場で猛烈に勉強した」

リープヘル社からは、冷蔵庫の製造プロセス、原材料基準から工場の製造基準、検測基準、出荷基準など1942もの基準を導入することになっている。これらの資料の厚さが1メートルほどある。昼間は、リープヘル社の関係者にくっついてすべての基準を一つずつ学んでいく。夜、宿舎に帰ってからは、昼間に勉強したことを理解するために再度、確認する。

さらに、通訳の力を借りて、ドイツの基準と中国の基準を照合させながら、ハイアール自身の作業基準や検測基準に変えていく。そして、こうして翻訳・整理できた基準を、ドイツの研修に来られない従業員たちが一日も早く勉強できるように、翌朝に中国の本社に郵送する。ドイツ研修の1カ月間は、ほぼ毎日、このような日課に追われていた。

「あの頃、生活も大変だった。パン一つだけで、中国から持ってきたザーサイと一緒に食べる。それは朝食とする。夕食は市場で一番安い野菜や卵を買って自炊する。深夜まで続く残業で、眠気に猛烈に襲われる深夜の12時か1時頃になると、楊さんがりんごを一つ持ち出して、四等分に分けてみんなで食べる。2時頃になり、眠気が襲ってくると、今度はバナナ1本を4人で分ける。厚さが1一メートルもある資料をこうして1カ月をかけて翻訳・整理できた。これで、本社は生産ラインの立ち上げに貴重な時間を稼げた」

しかし、当時の大変さを語る韓氏の表情には、誇らしい笑みが浮かんでいた。85年6月に帰国した。彼らの帰国を追うかのように、ドイツから最初の部品などが工場に届いた。最初の1万セットの冷蔵庫の組立部品だった。すぐに組み立てに取り掛かった。当時、ハイアールには、大きな部品を製造する能力がなく、ドイツの製造したものを組み立てただけだった。こうして生産ラインを降りた最初の冷蔵庫を見て、会社全体が興奮に沸いた。

ハイアールはこうして企業再起の第一歩を踏み出し、いまや8万人ものの従業員を擁する中国版多国籍企業へと大きく成長した。

著者プロフィール

莫 邦富(Mo Bang-Fu)
1953年中国・上海生まれ。上海外国語大学卒業後、同大学講師を経て、85年に来日。知日派ジャーナリストとして、政治経済から文化にいたるまで幅広い分野で発言を続け、「新華僑」や「蛇頭(スネークヘッド)」といった新語を日本に定着させた。 『蛇頭』『中国全省を読む地図』、翻訳書『ノーと言える中国』がベストセラーとなり、話題作には『日本企業がなぜ中国に敗れるのか』『これは私が愛した日本なのか』『新華僑』などがある。 現 在、三井住友銀行グループ・SMBCコンサルティング会報誌の中国ビジネスクラブにて「データから見えてくる、これからの中国マーケット」、ダイヤモン ド・オンラインにて「莫邦富の中国ビジネスおどろき新発見」、時事通信社の時事速報にて「莫邦富の『以心伝心』講座」などのコラムを好評連載中。 博報堂スーパバイザ。SMBCコンサルティング顧問。三菱UFJ信託銀行業務顧問。山梨県観光懇話会委員。石川県中国インバウンド研究会顧問。大妻女子大学特任教授。
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