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莫邦富的視点
恵那峡・馬籠・カステラと御殿柿の旅

更新日:2010年11月24日

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知日派ジャーナリストとして、政治経済から文化にいたるまで幅広い分野で発言を続ける莫氏によるコラムです。取材で日本各地を回ると、地方の経済状況が悪化していることを肌で感じるという。しかしそんな中、地域経済を復活させる可能性を感じる宝物に出合うこともある。この秋取材に出かけたのは岐阜県恵那市であった。


 
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馬籠を案内してくれたのは隣の市の観光関係者だった

紅葉の季節に、2泊の取材旅行に出た。目的地は岐阜県の恵那峡周辺だった。恵那峡と言えば、木曽川の水力を利用して日本初のダム式発電所である大井発電所として地元では知られている。ダムができた関係で人工的な湖が形成された。そこに奇岩などもあり、地元の人々が自慢する景勝地となり、恵那峡県立自然公園の中枢をなしている。

恵那峡に行く途中、偶然、瑞浪で途中下車したところ、駅前でありながらシャッターが下りたままの店があちらこちらにあり、昼頃なのに町を歩く人がほとんどいない。寂しさに包まれた駅前の空気が重く感じられた。地域経済をどう振興させるべきか。そのテーマの重さにため息をついてしまった。

幸い、地元の努力を肌で感じた。恵那峡はその名の通り、恵那市にある。しかし、私が宿泊した恵那峡グランドホテルの関係者が最初に案内してくれたのは何と中津川市にある馬籠だった。

1980年代の前半、私は上海の大学で日本語を教えていた。『若菜集』が大好きだった私は、『破戒』『夜明け前』などの名著で知られる明治の文豪・島崎藤村のふるさとである馬籠の存在を知り、いつか訪ねてみたいと思っていた。しかし、恵那峡を訪問したその日に、かつての美濃との国境にある馬籠を一番先に案内されるとは予想していなかった。

山の斜面に沿った全長600m余りの「坂に開けた宿場」を散策しながら、感激していた。坂を流れる水、池に泳ぐ鯉、色づく木々、そして情緒のある伝統スタイルの建築物や看板など、景観の保存と維持に地元の人々が払った努力を自然に感じ、カメラのシャッターを押し続けていた。

案内してくれた恵那峡グランドホテルの関係者の狙い通り、私は馬籠にはまってしまった。中国安徽省黄山のふもとに点在する明時代、清時代の住宅などの建築物がたくさん残る村と交流したらどうか、などと思わずいろいろな交流プランを練り始めた。国境を越えた地域と地域との交流や地域経済の振興策はひょっとしたら、こうしたちょっとしたところから始まるのかもしれない。

地域経済を振興させるには、こうした地域を超えた連携作戦が求められる。おそらく恵那峡グランドホテルの関係者もそう考えて私を真っ先に馬籠に連れてきたのではないか、と思った。

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著者プロフィール

莫 邦富(Mo Bang-Fu)
1953年中国・上海生まれ。上海外国語大学卒業後、同大学講師を経て、85年に来日。知日派ジャーナリストとして、政治経済から文化にいたるまで幅広い分野で発言を続け、「新華僑」や「蛇頭(スネークヘッド)」といった新語を日本に定着させた。
『蛇頭』『中国全省を読む地図』、翻訳書『ノーと言える中国』がベストセラーとなり、話題作には『日本企業がなぜ中国に敗れるのか』『これは私が愛した日本なのか』『新華僑』などがある。
現在、朝日新聞be(土曜版)にて「mo@china」を連載中。博報堂スーパバイザ。東京経営者協会評議委員。東京メトロポリタンテレビジョン放送番組審議委員。中国山東省青島市開発区顧問。三菱UFJ信託銀行業務顧問。
http://www.mo-office.jp/